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2017-07

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春の戦い - 2017.03.05 Sun

いやーあったかくなってきましたね。

寒い冬も終わりを告げて、暖かい春の訪れを感じる時期になってきました。


という事で、桜の花が咲くのをのんびりと待つ、のほほんとした日々、、、



でありたいのですが、アブラナ科の野菜を作っている農家は、今年、最初の戦いの始まりの時期なのです。

のほほんとしてられません、戦闘モードです。
野菜の状態を把握して、戦術を練らなくてはいけないのです。


その戦う相手とは、抽台です。
アブラナ科の野菜は、寒い冬を過ごし、暖かい春をむかえると、花を咲かす準備に入ります。
その時に、野菜の中心部から、花芽をぐんぐん伸ばす現象を抽台というのです。

抽台が起こると、商品になりません。
どうにか防ぎたいのですが、生理現象なので止める事はできないのです。
なので、栽培を任されてからというもの、抽台に対しては、なす術をもたず、蹂躙されてばかりいたのです。

心がポッキリと折れてるというか、立ち向かうべき相手ではないので、最初から戦いを挑まなかったとうのが本当でしょう。
しかし、本当になす術ないのだろうか、という疑問がふつふつと沸いてきたのです。
最初からそれは無理だと決めつけていては、それは不可能で物事は何も変わりませんが、この不可能を可能にしていく事が、何よりも大切、それができた時には、他の農業者にはできない事が出来る農家という価値にもつながるのではないかと。



どうせ、捨ててしまうなら、挑戦し続けて見ようではないかという事で。

この冬の間に考えて、準備してきた事を駆使して、春の戦いに挑みたいとおもいます。





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トウモロコシ泥棒 - 2015.07.13 Mon


トウモロコシのスクスク育っている姿を見るのが喜びである。
そして、たわわに実ったトウモロコシを収穫している時ほど、楽しい事はない。

悦という言葉が、収穫している僕にピッタリであるほど、快感を感じるのだ。

だからこそだ、トウモロコシの栽培がうまくいかない時ほど、不快な感情に覆われる事は言うまでもない。
特にだ、収穫間近のトウモロコシが動物に食べられる事には、怒りの感情が込み上げてくるのだ。

一体だれだ、僕の喜びを悲しみに変えるトウモロコシ泥棒は、、、、、、


おまえか


いやいや失敬、彼は泥棒ではなく、一緒に収穫を手伝ってくれる相棒でした。


じゃあ、本物のトウモロコシ泥棒はだれだ。


お前か
image[2]

彼はキジだ、日本の国鳥ともてはやされ、一万円札に自分の肖像画なんか書かれて調子のっちゃってる、キジだ。
何がきびだんご下さないなだ、人のトウモロコシ食っといて。

桃太郎のお供はするくせに、僕の邪魔ばかりする。

「トウモロコシが鳥に食べられるんですよね」

「何の鳥ですか」

「キジです」

「へーキジがいるんですか珍しい~、オスは綺麗ですよね」

と、キジにトウモロコシを食べられて悔しいという話をしたいのに、なぜか話はキジに持ってかれる。


そんなキジに対して、ハムラビ法典のように世の中の道理ってものを知らしめてやりたいのだが、しょせん鳥には人の法なんてものは通用しないのだ。

だって、まず捕まえられないので。

さてさて、このキジをどうしたものかと頭を悩ませているのだが、一つ不思議な事があるのだ。
キジにトウモロコシをはちゃめちゃにやられるのは、去年も今年も、とある時期だけに限られるのだ。

そう、ちょうど6月末の時期だけだ。

去年は、カラスにも散々やられたので、一つ仕掛けを作ったら、キジの被害もなくなったので、もう大丈夫と錯覚しての今年のキジ被害なのだが、やられてみて気づいたのだ。

これには何か理由がある、それは一体なんなのか。ここは久々にあの人の出番である。





顔文字の素晴らしさ - 2015.07.07 Tue

ブログで書いてるからであろうか、文章での表現というものがとても奥が深く、興味深いと思うのだが、最近、顔文字での表現というものも興味深いと思うのだ。

その一つの顔文字だけで、思っている感情を端的に伝える事ができるからだと思う。

例えば
^o^
この顔文字からは、元気なさま、ニコッとした笑顔を連想させる事によって、相手にこちら側の機嫌の良さを伝える事ができると思う。

ゆえにメールで
「また明日ね^o^」
と打つ事によって明日を楽しみにして、ニコニコしてる様も文章だけでは伝わらない部分も伝えられると思うのだ。

そう、感情といったものを、顔文字は一緒に伝えているのだと思う。


と言う事で、顔文字だけで、自分の感情を伝えてみる事にしよう。


例えばこんな状況に出くわした時




>_<




こんな時は




( ゚д゚)




こんな時は




(ーー;)



そして、こんな時は




(≧∇≦)



どうであろう。
今の僕の気持ちが顔文字だけで伝わったのではないだろうか。

顔文字の表現力はとても凄いと思うのだ。


そして、農業というものは

、、、?

こればかりは顔文字だけでは表せないね。

だけど農業という仕事は最高だ!! - 2015.04.30 Thu

さてさて、今年から試みている、お野菜へのお声かけ。

恥ずかしので、他のスタッフがいる前では絶対話しかけてはいないのだが。

毎日、様子を見に一人で行く時には必ず、声をかけてるのだ。

「お、元気か?」
「寒いけど頑張れ!!」
とかとかとか。

はたから見たら、確実に変態にみえるけど、はたけは広く、誰もいないので、人に聞かれたら恥ずかし言葉をかけ続けているのだ。

だからだろうか、一人でトウモロコシ畑にいる時だけ、自分では見えないが、多分気持ち悪い顔してニマニマしてると思う。


トウモロコシに話しかけ始めたきっかけは去年読んだ本なのだが、今はあるエピソードによってただ話しかけてみるというだけではなく、気持ちがこもっているのだ。

それは先日の野菜ソムリエのイベント「春の交流会」での事だ。

去年、トウモロコシの収穫体験をおこなったのだが、そのイベントに参加して頂いた会員さんがおられたのだ。
交流会の最中は、僕が進行役という事もあり、その会員さんとは、なかなか話す事ができなかったのだが、最後に、前々から伝えたい事があったんですが、なかなか話す機会がなかったんですよという事で、お話する事が出来た。

昨年、その会員さんのおじいさんが亡くなられたそうで。
ただ、そのおじいさんが亡くなる直前まで、あのトウモロコシはもう無いのかとおっしゃておられていたそうです。

トウモロコシのイベントでは、収穫したトウモロコシを畑で食べたり、持ち帰って頂いたのですが、そのトウモロコシを
会員さんのおじいさんに食べてもらったそうなのです。
そしたら、今まで生きてきて、こんなうまいトウモロコシを食べたのは始めてだと、80歳を過ぎたおじいさんがおっしゃられていたのです。

そして、無くなる直前まで、あのトウモロコシもうないのかとその会員さんにずっと言われていたという話を聞いたのでした。

その時は表情にはあまり出せなかったが、この話を聞いた時、ぐっと心が揺さぶられた。

自分は、プロ農家というには程遠い、実が入りすぎたトウモロコシを出して苦情をもらい、農園の看板に泥を塗ってしまう。
虫や鳥に大量にトウモロコシを食べられたり。
トウモロコシのイベントをやった後、体を壊してしまうヘタレ。
そして、夏の暑さと無理をしすぎた事で体調を壊した事を体が覚えていて、もちろん気持ちはあるのだが夏が来るのがやっぱり億劫な体。

そんなんだから、やっぱり自分はまだまだだと、責めてしまう自分がいる中で、それでも去年頑張ってきた僕に、ご褒美として、最高の言葉を頂けた。
今までに生きてきて、食べたトウモロコシの中で一番美味しかったというのは、その言葉で仕事の励みになるというどころではなく、自分の野菜作りへの姿勢を新たに気持ちを込める事ができるというものだ。

今まで、自分の大切な人達と自分が作った野菜だ、うまいだろうといいながら、宴会しながら食べる野菜を作る事を目標にしていた。なぜなら、それが僕が幸せを感じられる瞬間だからだ。

だけど、今回の話で、僕の知らない所でも、僕の作った野菜を一生涯の中で美味しいと感じて頂けた方がいたという事が知れた。だから、これからは、ただ周りの人を思って野菜作りをしていくだけではなく、顔も名前も知らないけど、日々の食事の中に、美味しいと幸せを感じさせて頂けるような野菜作りに励んで行きたいと思う。

それは、ただ効率を求めるだけの農家としてだけではく、忙しい中でも亡くしてはいけない心を持っていくという事であると気づかされた。

だから、トウモロコシとの会話はどんな時も大事にしていかなくてはだ。
でも、やっぱり傍から見たら変態だろう(笑)

そして、忘れてはいけない、今回のとっても嬉しい話を聴けたのは、野菜ソムリエという仲間がいる事で、食べた人の話をきけるという事、僕のトウモロコシ作りをマジかで見て、協力してくれる農園の仲間がいるからこそだ。

自分一人で作ってるんだという、放漫な考えに陥らないように、今年のトウモロコシを作っていきたいと思う。
















農業はやっぱり難しいは~ - 2015.04.24 Fri

四月上旬の話である。

芽が出て


トウモロコシの苗もスクスク育ち


さー定植だと、意気込んだところ、寒さが戻ってきてしまったのだ。

そういえば、去年も同じ時期に、寒さが戻ってきたのは覚えているのだが、もうその時期は、トウモロコシの定植し終えた所だったので、問題はなかったのだ。

しかし、今回はその定植しようと予定してる日に、寒さが戻ってきてしまったのだ。

活着という農業用語があるのだが、定植した野菜の苗が、畑に根付いて成長し始めるという意味であるのだが、
その活着する前に寒さが来たら、さすがにまずいと思うので、なくなく、定植日を遅らせた。

うーん、野菜の定植のタイミング一つとってもなかなか思う通りにはいかないものである。


そして、いざ定植という事で、少し遅れはしたが、無事にトウモロコシの苗を定植したが、ここで一つ問題が出てきたのだ。


どうやら、畑の一部が低くく、水が溜まってしまうというものだ。
水が溜まると、どうなるかというと、肥料が抜けやすい、追肥しても流されてしまうという成育面での問題。
いつまでも乾かず、足場がぬかるみ、何をするにも足を取られて時間がかかってしまうという作業面での問題。
そして、トウモロコシ栽培には、土に還る分解マルチを使っているが、いつまでも水につかっていると分解が早まり、栽培途中だというのにマルチが破れて、草が生えたりトウモロコシを傷つ付けたりという、資材面での問題。

水が溜まるという一つの事をとっても、色々な面倒な事が起こるのだ。

まだまだ、僕自身が未熟で、農園の畑の事を熟知していなかった事が一番の問題ではあるが、手はないわけでもない。
水が流れるように溝を切るということなのだ。

溝を切ればどうにかなるのだが、そこで、最近、いや農業を始めてから考えていることがある。プロの農家とはというものだ。

うーん、もっと簡単にこのエントリー書こうと思っていたのに、なんか方向が変わってきてしまった。
でも思いついてしまったのだから、しっかり書こう。

僕の今の思うプロ農家の一つは。
ポイントだけを押さえた農作業。
ようは無駄な事はしないというものだ。

農作業といっても色々あるのだが、本来なら、我が子を愛でるように野菜を作りたいと思っている。
しかし、そんな事してたら、農業だけで食っているものには、時間がいくらあっても足りないのだ。

だから、時間を少しでも有効に使うために必要最低限の管理だけで済ませないといけない。
ただ、それじゃ、時間のためにポイントを押さえた管理だけでは、手塩にかけて作った野菜よりも良くないのかと言うと決してそうではない。

いい野菜を作るために、重要な作業は決して欠かせないのだが、逆に手をかけすぎて無駄な事をしているのも事実である。その重要となるポイントがどこにあり、必要ない作業は何かという所をうまく見分けられる事ができるのがプロ農家がプロと呼ばれる由縁だろう。

そのポイントを見極める事ともう一つ、無駄な作業を作らない事だ。
ようは、せっかく、時間を有効に使おうとポイントを押さえた作業をしているのに、そこで、他に作業を作ってしまうのは本末転倒だからだ。

だから今回、僕はその畑の特徴をわからなかった事により、水が溜まる畑でトウモロコシを植えてしまい、新たに溝を切るという作業を作ってしまったのだ。

うーん、まだまだ、未熟者である事を、しょっぱなから痛感したのである。


久々につづくよ~























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Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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