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2010-01

相棒 - 2010.01.31 Sun

江戸時代では侍が刀に魂を込めていた。
時代は変わったがボリビアにやってきた一人の日本人もまた刀ではないが魂を込めるものがあった。

得物の型はクラッシク、柄は太く、がっちりとした労働者の腕のようで、小さな手の持ちに主にとっては少し扱いづらいく、熟練度が必要になってくる。

得物を構えて、実際に構えてみると、ずっしりした重みのある鼓動のような振動と、小鳥が胸の中で羽ばたこうとする振動が体に伝わってきて自然と自分の体も揺れはじめるのである。

作はバレンシア、ここボリビアでは二大巨頭の一つであるそうだ。
名はマルト(mas alto)もっと高くという意味である。(自分で勝手につけました)

これから二年間、新しい相棒と共に、雲の上の人々を虜にしたいと思う。
というか、南米の音楽を教えてもらおう。
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サマイパタでの出会い - 2010.01.30 Sat

メルカドに行くと、なんと、サマイパタ在住の日本人夫妻に出会ったのだ。
ボリビアには日本人移民が居るとは聞いてはいたが、まさかここサマイパタで出会えるとは思わなかった。

日本人移民は移住地を持っており、オキナワとサンファンという所に沢山居るらしい。(どちらともサンタクルス県内)

夫妻は浅野さんといい、50年も前からボリビアに来て暮らしており、25年くらい前から、ここサマイパタで農業を営んでいるそうだ。
浅野さん達と出会った僕たちは、畑を見せてくれるということで浅野さん宅に行くことにした。

ボリビアに来て初めて畑を見るので、子供がおもちゃを買ってもらって喜ぶ時のように興奮し浅野さん宅へと向かったのだ。

畑の大きさは6ha、日本の平均農家の約10倍近い広さである。
そこでは、きゅうり、キャベツ、ブロッコリー、柿、こんにゃく、トマト、ブドウなど様々な野菜や果物を作っていた。

ビックリしたのが、キャベツである。
キャベツは普通農薬がないと、青虫に食べれて穴だらけになってしまうのだが、浅野さんのキャベツは無農薬にかかわらずまったく
虫に食べられていなかった。

今まで無農薬で作っている人のキャベツを見た事があるが、虫に食べられていないのは見たことが無く、浅野さんのキャベツはまるで
奇跡を見ているかのようだった。


話を聞くにつれて、どんどん浅野さんの世界感に引き込まれていき、とてつもない凄腕の農家であることがわかった。



農法は自然農法、もっとも自分が嫌いな農法である。 (自然農法と有機農法は別物です、無農薬栽培も)
自分の目指す農法は、肥料も農薬も適正を守って使い(使用基準や適正量を守っていれば農薬は何の問題もない)
限られた人に食べてもらう美味しい野菜を作るのではなく、より多くの人に食べてもらう栄養のある野菜を作ることである。

浅野さんの農法と自分の目指す農法は全く対極的な位置に存在する。
自然農法と聞くと胡散臭い、自分の自己満足でしょと思う私にとって、今回浅野さんとの出会いは衝撃的であった。
自然農法への見方が180℃変わったのだから。

浅野さんに教えてもらったのだが、自然からは沢山のメッセージが込められているのだそうだ。
雨がいつ降るのか、どれくらい降るのか、旱魃がくるのか、虫や植物が教えてくれるのだ。
しかし、現代の人間はそのメッセージを聞くことが出来なくなってしまっている。近代農法に頼りきってしまった弊害でもあるのだろう。

だが、今まで培ってきた科学技術は人類の大切財産でもある。だから、どちらかを切り捨てるのではなく、自然的、科学的両方の利点を含んだ農法で農業をしていきたいと思う。
まだまだやり方はわからないが、浅野さんと出会う事で大きな目標ができた。

サマイパタには、プレインカの遺跡を見に来たのだが、みんな、浅野さんとの出会いに満足し、そのまま帰路へとたった。

それほど、僕らにとっては素晴らしい出会いとなった一日だった。

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サマイパタの朝 - 2010.01.29 Fri

朝、目覚めると、空は曇っていて、太陽の光は見る事ができなかった。

せっかく来たのに雨が降りそうである。
歯ブラシもタオルも忘れて、朝の一仕事ができぬまま、ボーっとしてたら、ねずみを発見。

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それはお尻だけ見るとネズミだが、子猫達であった。

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めっちゃかわいくて、子猫に見とれていた。
拙いスペイン語だが、飼い主にいつ生まれたのか聞いたら、生まれてまだ15日だそうだ。
自分たちがボリビアに来た日とあまり変わらない日に生まれた彼らをみてると妙に愛着が沸いた。

一匹連れて帰りたいな、、、、

本日第一の出会い。

泊まったホテルは魔女のお家みたいに、西洋風を感じさせ、あちこちに植物が張り巡らされていて、
とても可愛い宿であった。

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オーナーはオランダ人でスペイン語もペラペラ、何故だか分からないが、オランダ人のしゃべる
スペイン語はとても聞きやすく、サッカーの話で盛り上がった。
ボリビアに来て初めてまともにコミュニケーションを取れた事に嬉しく、少し自身を持てた時間となった。

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本日第二の出会い。

サマイパタは標高1500mの所で、サンタクルスとの高低さは1100、雨も降っていたこともあり
気温が低くとても寒かった。

防寒具はなく、暖かい所だと思っていたのでサンダルできてしまったので余計に寒い。
一同、服と靴を買いにメルカド(市場)に行く事にした。

サマイパタへの道 - 2010.01.27 Wed

ボリビアに来て約二週間が過ぎ、少しではあるが外国の地での生活に慣れてきた。
やっと一人で買い物に行けるようになったぐらいだけど、、、(笑)


今週末は同期隊員に誘われてサンタクルスから少し離れたサマイパタという場所に行く事になった。
サマイパタにはユネスコに登録されているプレインカの遺跡があるということで、
遺跡好きの自分としてはとても興味のそそる場所である。

時間は車で二時間、今週土曜日は授業があったので4時からの出発。
帰りは遅くなるので一泊し、次の日にサマイパタを回ろうというプランで決定。

乗り合いタクシー(普通の車)という、8人乗りの車にドライバー、自分らは6人、他のお客が
二人の計9人が乗ってサマイパタに出発した。

ボリビアの交通事情はアジアの国々に行った事のある人はわかると思うが、ルールがあるのか無いのか
クラクションの鳴り放題、ぶつかるスレスレ、交差点は車で溢れかえっていて通過出来ない状態、
日本人からしたら渋滞を通り越して交通崩壊に見えるのだが、これでもボリビアの交通は成り立って
いるのであるから不思議でたまらない。

出発してまもなくたってだろうか、私たちは一つ目の誤算に気づいた。
当初、サマイパタまで2時間と聞いていたのだが、3時間かかると言われたのだ。
3時間はちょっとキツイ、しかも休憩無しだし、座席は狭いし
もう既に車酔いをしてるし、マジかよと思ったが乗ってしまった船はもう降りれない、
諦めてサマイパタに行くことにした。

            ~1時間経過~
 


景色が新鮮で、外を見ていた事もあってか車酔いも悪くはならず、快適な車の旅が続いていた。
途中から森林地帯を抜けて、くねくねとした山道に変わった。
景色は、東京から山梨に向けて通る中央道のようであったが植物の違いもあって、僕たち日本人を
飽きさせなかった。

一箇所だけ、ハイジが住んでいそうな丘を見下ろし、皆な興奮、自分だけ、由布院の山を
思い出し、2年の前の西日本一人旅を思い出していた。

しかし、景色を見て楽しむのも終わり。日が暮れて辺りは真っ暗闇に包まれてしまったのだ。
そこからは恐ろしい車の旅が始まったのだ。

                 ~後1時間~

自分の座った席は助手席、前が良く見えて最高の席だった。日が暮れてから、
正確には山道を登り始めてからだが、ハラハラし始めたのだ。
道幅は車二台がスレスレでやっと通れる道なのだが、ドライバーは荷物を積んだスピードの遅い
トラックを抜くのである。山道は視界が悪いので対向車が良く見えない、下手をしたら正面衝突である。

ドライバーがトラックを抜く光景を見ていてある事を思い出していた。
JICAの関連組織の中に青遺海の会というのが存在する。隊員を海外で無くした遺族が集まって
できた会である。この会が発足した理由にひとつ大きな事件があったのだ。


アフリカの国でJICA関係者10数人が乗ったバスが今自分が通ってる道のような所を走っていたのだ。
そのバスはトラックを抜こうとした対向車と正面衝突して大破、悲しくも乗っていたJICA関係者は3人を残してほとんどの方が無くなられてしまった。


まさしく、今自分の置かれている状況はその時と同じであり、よく道の端を見れば、花やジュースが供えられているではないか、その時はハラハラを通り越して無事に着けるように神にでも祈る気持ちであった。



                ~到着~
幸運に恵まれて無事に到着。

車から降りた時は3時間もの間車に閉じ込められていた苦しさからの開放と無事に着いた安堵感で一杯であった。
後からわかったのだが、今回通った道は国道であり、これでも整備された道路である、ボリビアでは安全なほうなのだ。だからボリビアにはもっと整備されてない危険な道が沢山あるそうだ。

今後の生活で車での移動は必要不可欠である。事故に会うのは運命かもしれないが、危険な道には決して行かない、穏やかなドライバーさんを選ぶなど、自分から危険避けていかなければならない。

尊い命を犠牲にして先人達が教えてくれているのだから、自分の命は自分で守っていかなければ。

石を売る人 - 2010.01.20 Wed

町を歩いてると、路上で石を売っているおばあさんが居た。

おばあさんは、髪は三つ網でボリビア独特の民族衣装を着ている。

ボリビアの民族衣装は黒をベースに、赤や青といった単色で装飾されており、ぱっと見ると
華やかで、結婚式に着ていく晴れ着のように感じさせる。

しかし、民族衣装をまとっているおばさんの顔は、決して華やかな顔ではなかった。

おばさんが売っている石は大小様々だが、川辺によくありそうな、灰色で丸い石ばかりで、
その石に何のマークかわからないが、白いペンキで絵が書かれていた。

どう見ても唯の石だし、観光客向けにしても売れそうにない。というか、一個も売れないだろう。

石を売っているおばさんの目は、売れるはずもない石だとはわかってるけど、生きる為には売りたい。
けど決して売れない。だからといってその場を離れる事もできず、ただちょっとづつ過ぎる時間に
夢も希望も感じる事のできないという目をしていた。

おばさんを見てると、無性に苦しくなってくる。
石を売っているのがおばあさんじゃなく、もし自分であったらと考えると、ぞっとする。
夢も希望もないのは自分にとって死んでるのと変わりないからである。

しかし、私の見たおばさんはただの一面だけである、おばあさんにはおばあさんの世界がある。
触れ合ったわけでもなく、決め付けてしまうのは大変失礼だ。
しかし、私はどんな時におばあさんが笑顔になるか知りたい。

授業開始 - 2010.01.17 Sun

今日から、語学の授業が始まりました。
担当の先生はファン・ホセという、駒ヶ根訓練所で教員をしてた事のある先生だそうです。

日本語も話せて安心。しかし、自分の語彙力の無さに落胆。
自分はほんと、語学が苦手なんですよね。(日本語も含めて)

今回を機にほんとしゃべれるようになりたいです。

!!Animo Animo!!(頑張るぞ!)


話は変わりましてボリビアについて
昨日、今日とホテルの近くを練り歩いてみたのですが、意外と西洋系の人が多いです。
ボリビアは南米の中でも原住民(インディヘノ)が多く人口の7割近くが原住民だそうです。

今まで海外経験は何回かあるものの肌の色が全く違う、顔つきもまったく違う人同士が同じ国に
住んでいる、その光景に少し変な感じを受けています。

そして、その人種によって仕事が違うんですよね。
西洋系の人達は店をしかっり構えて商売している傍ら、原住民系の人は路上に物を並べて売っているか、
物乞いをしています。
この区分はハッキリしていて、それだけでボリビア社会が見えてきます。

原因は地域ごとによる経済格差が問題であるそうです。

今、自分の住んでいる所はボリビアの東側にあり、標高も低く年中暑い場所です。
暖かいことによって農業の生産性は高いし、資源も豊富にあるため、ボリビアの中でも豊かな場所で
あるそうです。

それに、引き換え、西側の高原地帯では、自然環境も厳しく、これといった資源がないから、
生活に困窮している人が多いのです。だから、仕事を探しに東の方に流れてきているのです。
そして、ボリビアの西の方には原住民の人達が多く、仕事を求めて流れて来るのが原住民の
人達ばかりで、路上で物を売る仕事ぐらいにしか就けないのです。

自分の仕事は野菜栽培の指導なのですが、目的は、農民の生活向上のため、現金収入を増やし、
東側への人口の流出を防ぐ事です。

自分の仕事が、少しでも困窮をしている人々を減らし、東側への人口流出を防げたらなと、
町を練り歩いていて強く感じました。

空島はあった。 - 2010.01.16 Sat

少し話は戻ります。

23時にマイアミを出発してから、6時間ぐらいすぎたのぐらいだろうか、

ふと目を覚まし、飛行機の窓に目を向けると、地平線の先が赤くなり始めていた。
空はまだ暗いのだが、日の光によって青色を少しずつ取り戻しており、一面に広がる雲は、赤みを
帯びながら、その姿を顕わにし始めた。

素晴らしい光景である。
この光景は人類が飛ぶことができるようになって手に入れた感動の一つであろう。

しばらくすると、日は昇りきって、鮮明に雲海がみえるようになると、
白い海の上に浮かぶ島が見えたのだ。

空島だ、先は尖っていて、茶色く、緑が一つもなくはだけたた島ではあるが、
まさしくそれは空に浮かぶ島であった。

原理は6000m以上の山が雲を突っ切って、頭だけが出ているだけなのだが、
子供の頃から、ラピュタに憧れ、今になってもワンピースの空島編ではワクワクする自分にとっては、
夢を膨らませる光景には違いなかった。


ボリビアに着く前に一生に残る光景を見ることができた。
夢を膨らませ、これからどんな事がボリビアで待っているか楽しみである。

空島に行けるかな?

ボリビアに到着 - 2010.01.15 Fri

日本を11日の11時35分に出発し、ボリビアに到着したのが日本時間の22時頃
約30時間かけてボリビアに到着、もうとうぶん飛行機には乗りたくないです。

これから、一ヶ月間、言語の勉強でサンタクルスという町で過ごします。

サンタクルスとは、サンタクルス県、サンタクル市、ボリビアで二番目に大きい都市で、
県の面積はほぼ日本と同じ(ボリビアの総面積は日本の3倍)
人口は約300万人もいるそうです。

町には何でも揃っており、お金さえあれば、日本と変わらない生活が営める場所です。
町の雰囲気は沖縄みたいで、特にカルチャーショックを受けるといった事は今のところあまり無いです。

語学研修場所が首都のラパスからサンタクルスに変わった事によって、ホームステイではなく、ホテルでの生活をすることになります。

ホームステイができなくて残念な気持ちがありましたが、ホテルで一か月暮すのも人生にそうあることでもないのでホテル暮らしを堪能しようと思います。部屋も広いので。

明日からは、語学研修が始まるので、気合を入れて頑張りたいです。

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2010年 - 2010.01.01 Fri

あけましておめでとうございます。

とうとう2010年になりました。

今年は自分にとって飛躍の年になることながって、ブログを開設いたします。
ボリビアでの気づき、学び、その他もろもろのことをこのブログに綴っていきたいと思います。

今回はあいさつだけで、次からはボリビアのブログ更新します。


それでは、皆さん、今年も宜しくお願いします。

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ゴンベイ

Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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