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2010-02

Hace frio - 2010.02.27 Sat

高山病により元気がなくて、お祭りにより電気がなく、土日はネットカフェがやってなくて、自分のパソコンが使えなくて、色々な障害があってなかなかブログ更新ができませんでしたが、やっとできました。

只今、体力も電力も満タンです。

私はクラワラデカランガス市という人口5000人の所に派遣されました。
首都ラパスから車で4時間の所です。
紙面では、人口約5000人と書いてあるのですが、実際は出稼ぎなどで外に行ってしまっているので2500人ぐらいの町です。
町は二枚の写真に納まってしまうぐらい小さな町ですが、綺麗な教会があったり、軍隊の駐屯所があったり、リャマ、アルパカ、羊、牛、豚、鶏、ロバとほとんどの家畜がここにはいます。
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高度計は3925mを指し今まで居たラパスよりも300mも高くなっています。
そして、寒いです。実践学園でのこたつを奪われた後の夜、寒くて、厚着してしまうぐらいの寒さです。
今は夏なのにこの寒さ、冬がマジで怖いです。暖房器具0なのでマジで肉付けなきゃやばいかも。

そうそう、クラワラ名物? リャマ肉1kg、15ボリ(200円)ぐらいの肉を買って、調理しました。臭味は無く、歯ごたえ、感触、味共に牛に近いです。

美味しいです。リャマ肉を食べたい方は是非クラワラデカランガスにおこし下さい。
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ラパス療養日記③ - 2010.02.18 Thu

快食、快眠、快便。
高山病もほとんど感じなくなってきたし、体調もここ近年の中ですこぶる快調なのだ。

こんなにめっちゃ元気なのは、人生で初めて療養をしたからだろうか、煙草を吸わなくなったからだろうか、それはわからないが、今日はめっちゃ元気である。


今日も高山病に慣れるため、近所を散歩することにした。

歩いて2,3分(高地に慣れてないと6,7分)ぐらい歩いた所にラパスの街を見渡せるいいスポットを見つけた。

今回はカメラを持ってなくて写真は無いが先日行ったライカコタの丘に勝るとも劣らない景色である。

ラパスの町の中には絶景ポイントが沢山あるようだ、こんな景色の中で生きられるなんて最高である。
しかし、現地の人達は生まれてからずっとこの景色を見ているから、あんまり感動はしてないみたいだが。

少し話が変わるが、最近ある事について考えている。
外国人とは何ぞや、、、

今、自分は外国人である。だけど、昔も今も自分が外国人なんてこれっぽっちも思った事がない。
今まで日本で見てきた外国人も同じ事を思っていたのではないだろうか。
しかし、ボリビア人にとって自分は外国人なのだ。

例えば、自分が背の高い人であれば、自他共に認める背の高い人である。
しかし、外国人という言葉は当人が自分が外国人だと感じていないのに、他国人からしたら外国人なのだ。

まあ、そのままの意味で、外の国の人と思えばその通りなのだが、それだけで片付けられるのであればこんなに問題ともしない。しかし、考えすぎと言われればそれで終わりなのだが、一か月間ボリビアに住んでいる中で、心の底から湧き出てきた、疑問である。

外国人という言葉は変な言葉だな、そういえばスペイン語で外国人とは「extranjero」といい、変なというのは
「extraño」というらしい。


体はすこぶる快調、明日はとうと任地クラワラデカランガスに向かう。
めっちゃ楽しみである。

協力隊に合格したのが2009年2月17日
任地へ派遣される日が2010年2月17日    

一年越しの派遣である。

任地まであと1日








注意
予約投稿してますので、ブログの内容は少し遅れて、アップされてます

ラパス療養日記② - 2010.02.16 Tue

朝、目が覚めると、心の臓が痛い。
昨日までの肺とは違う、心の臓だ、痛みは一定間隔のリズムを刻んで、棍棒かなにかで、押さえつけられてる
ような痛みである。

あ、これはマジでやばいんじゃないのって午前中はびっびっていたが、起きて動いてみると、
たいした事はなかった。


今日も体慣らしの為に外へ。
同期の岩田隊員の誘いで、日本人会館へ行くことになった。

しかし、そこまで辿り着くのに大変な目にあった。
水をかけられるは、泡の出るスプレーをかけられるは服はびしょびしょ。
岩田隊員が標的になってくれたお陰で幾分か被害はましであったが、岩田隊員は少年達の餌食になっていた。

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何故、水をかけられたかというと、決して人種差別ではなく、ボリビアの祭りの文化なのだ。
場所によっては生卵やペンキをかける所もあるそうだ。水でよかった。

水をかけられながらも、どうにか目的地に辿り着いた。
そこには、協力隊のOGで服飾隊員の方がおられたのだ。
もう一人の佐藤隊員は服飾隊員であるから大喜び、記念に一枚撮ってきました。
話を聞いてて思ったのは、いかにボリビア人で同じ職種の人と知り合うかによって活動の幅が
広がってくるのかを感じた。

DSCF2402_convert_20100214124515.jpg


ラパス情報もOG隊員から聞いて、せっかくだからラパスを一望できるライカコタの丘に行くことにした。

所要時間30分で丘の上まで登りきった。
息は切れるは、体はダルイは、心臓ドクドクいってるはで、大変きつかったのだが、そこから見える風景
を見たら、そんな事は忘れてしまった。

ライカコタの丘には、所要時間30分で登れた。入場料50円で入れて、遊戯施設が豊富な公園になっていた。
子供達は眼を輝かせながら、これでもかと遊び回っていいる傍らで、いい大人2名は息を切らし、足腰が弱った老人のように歩いていた。

体にもだるさを感じていたが、ライカコタの丘からの景色を見た瞬間、そんなことは忘れてしまった(数秒後、苦しさを思い出します)

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ああ、生きててよかったと思える瞬間であった。
雄大な自然と、人間の文明がパッチワークのように縫い合わされたパノラマ
またイリマニ山が、自然の雄大さを引き立てている。
イリマニ山は標高6,439mで、アイマラ語では『黄金のコンドル』という意味があるそうだ。

DSCF2414.jpg



早く任地に行きたく焦る気持ち、高山生活に対しての不安、色々な感情によって落ち着いていない自分にとって今日の景色は、心が和む、ひと時の瞬間でした。

任地まで後4日

ラパス療養日記① - 2010.02.15 Mon

高山病のために、只今、ラパスで療養中...

頭痛はなくなったのだが、次は胸が痛い。恋の病か??
原因は、肺がこの低酸素に慣れようと頑張ってくれているらしい。

そんなこんなで、二日間、部屋の中に閉じこもりきりだったが、今日はいくぶんか調子がいいので
もう一人の佐藤隊員とラパス散策に出かけた。

ラパスの空は近い、雲が近くに見えるから空も近く見えるのかもしれないが、本当に近い。
しかし、日照りも強く、体に刺すといった表現がピッタリである。
半そでははタブーですね。

ラパスで有名なフランシスコ寺院にいったり、お土産屋さんをみたり、3時間ぐらいぷらぷらした。
最初は歩くのもきつかったが、家の中にずっといるよりも、外に出たほうが気分的に楽になった。

調子もよくなってきて、今日は、料理に挑戦。
できあがったのは、ポテトサラダ。
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しかし、ふかしたジャガイモ潰す作業で息切れ、何度が手を緩めながら、やっとこさできた。
料理をするにも苦労する、高山病は厄介

これから、クワもって畑を耕さないといけないのに大丈夫だろうか。

任地 クラワラデカランガスまで後5日

高山病 - 2010.02.14 Sun

ラパスに着いた初日、なんともなかった事で安心した自分は、次の朝、頭痛に悩まされた。
動くことの出来ないほどの重症ではなかったが、高山病にやられていた。
昨日、酸素吸入をしている同期隊員を茶化した罰があたたったのか。ごめんなさい。

そんなこんなで、任地、クラワラデカランガスに行くのが1週間伸びてしまったのだ。
なぜ一週間も伸びたかというと、ただ今、ボリビア全土で、お祭りが行われているのだ。
行っても仕事がないので、療養と高地に慣れるために一週間ラパスにた滞在することとなった。

ああ、、、早くクラワラに行きたい。

任地まで後6日

雲の上の世界へ - 2010.02.13 Sat

やっとブログの題名どうりの生活が始まる。
そう、山の下の雲を眺める生活である。

明後日には任地派遣、その前に僕らは、大使館表敬訪問のためにラパスに上京することになったのだ。

世界一高い首都、世界一高い空港、世界一高い湖
ラパスには世界一のものが沢山あるのだ。

そんなラパスの町並はとても美しい。
DSCF2373.jpg

すり鉢上に窪んだ盆地を中心から町が形成されており、何百年もかけて、上に、上にと町が出来上がってきたのである。町全体が赤くみえるのは、建物の素材が赤レンガが中心だからである。

一同、ラパスの町並みの感動のあまり、ついついはしゃいでしまった。
空気が薄いとわかっていながら。

ラパスは美しい景色を持っているのだが、我々、日本人にとっては過酷な場所でもある。
そう高山病だ。
息苦しさは空港に着いた時から感じていた。
何人かの隊員は酸素吸入をする羽目になった。
DSCF2381.jpgDSCF2380.jpg

左はかずき隊員、右はゆずる隊員
えっ? 僕はどうなったて、二人の写真を撮ってるぐらいだから、ぴんぴんとしてたよ。
倒れこんでる、二人にちょっかいだして、高山病に勝った優越感に浸っていた。

自分の行く任地はこのラパスよりも高い所なのでここで負けてはいられない。目指せ高地でサッカー

Amigo - 2010.02.12 Fri

一か月間のサンタクルスでの生活も終わり、毎日語学の勉強であったが、楽しかったな。

そんな僕らのサンタ生活をより楽しくさせてくれたのは、ホテルマンの友達であった。

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一緒にギターを弾いたネルソン(写真左)

卓球がめっちゃうまいリカルド(写真右)

いつも、暇してる、夜の門番エクトル(写真真ん中)

彼らがいなかったたら、サンタクルスの生活を楽しめなかったかもしれない。
スペイン語ももっと上達しなかったもしれない。
せっかく仲良くなったのに別れるのは悲しい。
それだけ、自分にとって彼らの存在はとっても大きかった。


ホームステイはできなかったけど、彼らと出会えた、ホテルカンシジェイルに感謝である。
ありがとうアミーゴ達。
ちなみに写真は、アミーゴに色紙をあげた時の写真である。



明日からとうとう雲の上の世界へと旅立つぞ。

おまたせしました。パート2 - 2010.02.11 Thu

グルメ家のみなさん、大変ながらくお待たせしました。
そうです、ボリビア料理です。

~ボリビアのお昼~

ボリビアのお昼はだいたい15ボリ(210円くらい)ぐらいで食べれます。

メニューはといいますと、最初にスープ、次にサラダ、そしてメインの肉と米が出てきます。ジュース付きで。

La sopa de yuka (キャッサバのスープ)
DSCF2270.jpg
スープがとにかくうまい、お肉がメインなこの国とってゆいつあさっりとした料理。
レストランのおばちゃんに頼んで、料理方法教えてもらいました。
sopa de yukaは得意料理になるはず。

Majalito (サンタクルスの郷土料理)
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ケチャプライスみたいなのに、目玉焼きとバナナがのっかった、サンタの郷土料理、美味しいのですが、ちょっとしょっぱい、この国の味付けちょっと濃すぎである。

ワニの尻尾
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ワニ食べちゃいました。
鶏肉のモモのようで、ワニと言われなければまったく気付かないくらい、似ています。
めっちゃおいしかった。


まだまだいっぱいあるのですが、これから徐々に書いていきたいと思います。

次はリャマを食うぞ。







心に残る思いで - 2010.02.10 Wed

もう一人のため隊員、かずき隊員の挨拶から始まった。
彼のエンターテイメント的な司会プリでレストランの雰囲気は和み、いい感じに歌う事ができた。

すると、どうだろう、レストランの入り口に人垣ができてきているではないか。

DSCF2322.jpg


気持も高ぶり、多くの観客の声援を背に一曲目を歌いきった。

あの時の歓声は気持ちよかった。
が、一曲目が終わると、あれだけいた観客はホテルの中へ、皆、ホテルに戻る途中に足を止めてくれただけであったようだ、、、、、

ただ、日本人が歌ってるよと物珍しそうに見ていただけだったのかもしれないが、あの歓声は忘れられない思い出となった。

5曲を歌い終わった後、ステージから降りると、二人のブラジル人が近寄ってきた、彼らは日本の曲が好きらしく、僕らの曲を聴いて喜んでくれたのだ。
お前ら日本のプロかと聞かれたが、そこは謙虚にアマチュアだと答えた。
嘘でもプロと言っておけば良かったかな。(調子乗りすぎました、ごめんなさいDSCF2333.jpg


次に、娘とお母さんの親子連れに一緒に写真をとってくれと言われて写真撮影会。
ちょっと有名人になった気分。
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趣味で初めたギター、乗りでコンビ組んだ僕らではあったが、音楽を通じて、人と触れ合う事ができた。
言葉ができない自分にとって音楽は、このボリビアの人たちと繋がる大切なものなのかもしれない。
音を楽しむ音楽、踊りでも、歌でも、演奏でもなんでもいい、ボリビアの人たちと共に楽しんでいきたいと思う
一日となった。

初デビュー - 2010.02.09 Tue

訓練所でのリベンジができた、アグリクルトーレスがボリビアの地で初デビューした。

協力隊の方はご存じだと思うが、私は、同期のゆずる隊員と、駒ヶ根訓練所時代、コンビを組んでいた。
ゆずる隊員はハーモニカ、自分はギーターで訓練所の文化祭に出場予定だったのだが、本番前に私は、
インフルエンザにかかり、出場できなかつたのだ。

だが、幸運な異に、彼と私は任国が同じであった事によって、再び、ステージに立てる事ができたのだ。

場所は五つ星の中にあるレストランだ。

一度、授業の一環で訪れた場所なのだが、そこには見事なステージが用意されていた。
先生に冗談半分でここで演奏してもいいかと尋ねると、いいアイディアだね、店の人に聞いてみるよと
店の人と話をしはじめる、、、、

交渉成立、、、

トントン拍子に話はまとまり、最後の授業の日に演奏することが決まった。


当日、サンタクルス市のほんと中心でアグリクルトーレスは初デビューした。

続く、、、

DSCF2320.jpg


*Agulicurutores(アグリクルトーレス)とは日本語で農業者という意味である。
 何故この名前をつけたかというと、ゆずる隊員は家畜飼育隊員、私は野菜栽培隊員であるからだ。

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Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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