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2010-06

みかん - 2010.06.30 Wed

毎年、冬になると自分の体が黄色くなるほどミカンを食べる。

見ただけで、どれが美味しいミカンなのか分かる。

将来は海の見える所でミカン畑をやりたいと思っている。

ボリビアに来る前に2年間は食べられないと思ってひと箱一週間のペースでミカンを食べきたのだ。

そう、それほどミカンが大好きなだ。
そんなミカン好きの自分にとって最高なのがこの国でもミカンが食べられることである。
しかも、日本より安く、多く食べられるのだ。

この国ではミカンは「マンダリンーナ」と呼ばれる。
また、女の尻に敷かれる男も「マンダリーナ」と呼ばれる。
なぜなら、「mandar」という動詞から来てるのだが、意味は命令するという意味であり、女の人の命令(マンダ)に逆らえないから、「マンダリーナ」と言われるのだ。

市長もよく同僚たちにマンダリーナと呼ばれていたっけ。

マンダリーナは4月頃から店頭に並び始めたがどうも二つ種類があるようだ、小さくて種がやたらめったら多いのと、大きいのである。

ラパスには小さいミカンが多いのだが、任地には大きいミカンしかない。
まあ、大した問題ではないのだが少し気になってみたので調べてみると、種類の違いはミカンの産地が関係していることがわかった。

大きいミカンはサンタクルスで作られていて
小さいミカンはユンガスで作られているのだ。

サンタクルスとは皆さんもうご存じだと思うが、僕が最初に語学研修を受けた所で沖縄のように暖かいところ。

ユンガスとは、ラパス県にある、海抜1500mの所で、こちらも暖かい所らしい。

気候の違いがあるのか、木の違いかわからないが、産地によってミカンの種類があるのだ。

しかし、ユンガスのミカンはいただけない、あまりにも種が多すぎるのだ。一房に5つも6つも種が入っているのだから、ミカンを食べているというより種を舐めているようなものだ。

しかしながら、大好きなミカンが食べられるだけで嬉しい。
もう少しでミカンの季節が終わってしまうそうなので。悔いのないように食べなくては
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ラパスは怖いよ - 2010.06.28 Mon

発展途上国は犯罪被害が多い。

だから、首都のラパスに上がる度に常に最新の注意を払っているのだが、ちょっとした油断、ちょっとした慣れで犯罪に巻き込まれてしまうのかもしれない。

任地クラワラから、ラパスに上がる度に乗り換えでセハという地区を通らなくてはいけないのだが、そのセハ地区は軽犯罪多発地区で危険な場所なのだ。

しかし、慣れてしまえば危険といわれてもあまり怖くなくなり、いつものようにバスの乗り換えでトコトコ歩いていたら、リュックのチャックが開けられたのだった。

幸い、開けられたチャックにはゴミしか入っていなかった事と近くにいたボリビア人が泥棒を追い払ってくれたおかげで何も問題にはならなかったが、もし、パソコンの入っているチャックを開けられて盗まれていたらと思うとぞっとする一瞬であった。


そして、次の事件現場は、ラパスのプラザエステゥディアンテで起こった。
同期隊員と買い物に行くためプラザで待ち合わせをしていた時のことである。

急にウルグアイ人と名乗る旅行者に道を尋ねられたのだ、しかし、ラパスについてほとんど分からない自分は答えられなくもじもじしてると、私服警官がやって来たのだった。

ある、旅行者を探しているのだが、身分証明としてパスポートを見せてくれといわれたのだった。
そして、一緒にいた、ウルグアイ人は直ぐにパスポートをその警官と名乗る男に手渡したのだった。

そして、一緒にいた同期隊員が証明する物を持っていないと言ったら、それじゃあ一緒に君の家に行こうと言い始めたのだ。

その瞬間、ある事を思い出していた。任地に行く前に何度も聞かされた犯罪事例である。
そう彼は偽警官である。

そう気付いた瞬間、一言、
「私たちは観光客ではなく、ボリビアで働いている者だから関係ないと言って」
直ぐに逃げたのであった。

幸いにも周りに沢山人がいたので、追いか掛けてこなかった。
しかし、何もなかったからいいが、あのウルグアイ人もグルであったのだ。だって、辞書開いてる、明らかにも観光客見たいな外国人に道はきかないでしょ。


二つとも犯罪未遂で終わったからよかったが、自分の周りには被害にあった人が何人もいる。

自分も今回は運が良かったが、いつ何があるか分からないいうこと肝に銘じて犯罪に合わないようにこころがけなくてはと思った。

25年 - 2010.06.23 Wed

先日、25年目の誕生日を迎えた。
電話やメールで祝って下さった皆さんありがとうございました。

その日はラパスに上がってきていて、沢山の人達にお祝いしてい頂き大変嬉しいかったです。
そして、ボリビア恒例のケーキに顔ダイブ、酷い顔になりました。

DSCN5636.jpg

でも、意外と気持ちいいですよね。いたずらしたみたいで、、、
でも、その後、生クリームの油で髪がガチガチになってしまいました。

25歳って、人生50年と言われた時代からいえば、もう人生の半分生きてしまってるんですね。人生80年と考えても3分の1も生きている。
そう考えると、自分っていい年なんだなとしみじみ感じていた。

25歳という節目の年を迎えてある手紙の事を思い出していた。

それは、15歳だった自分から送られた手紙であった。
中学の卒業まじかに、未来の自分宛へと書いた手紙で、実際は20歳になった時に受け取ったのだが、それは、10年後の自分へと宛てられた手紙だったのだ。
手紙は昔も今も変わらず誤字脱字だらけで、本人である自分でも読解に多少時間がかかる有様である。そんな、暗号じみた文字の羅列からは、命令口調で10年後の自分に宛にこう書かれていた。

「絶対、夢を諦めるなよ、もし諦めたら俺がぶっ飛ばしてやる」

偉そうな10年前の自分に対して、喉の奥から熱くこみ上げる笑いしか出てこなかった。

10年前の自分と今の自分とが共有している夢はまったく変ってない。今、自分がボリビアに居るのが何よりもの証拠だ。どうだ、と誇って見たくなるが、10年の歳月が、客観的に見るもう一つの自分を作っていた。




15歳からの思いを成し遂げたが、自分が夢といっていたのは、ただの自分のワガママであったのではないだろうか。

なりたい自分、叶えたい事に対しては、人間はそれに向かって努力をする。
それが夢と言えば、聞えはいいが、その実際は自分の人生をただ思い通りに行きたいだけなのである。

自分のワガママを叶えるために、どれだけのお金を親に支払わせてきたか、社会人にならず、自分の思うがままに生きてきた事によりどれだけ家族に心配をかけてきたか、わからない。

その行為を、夢と言うと神聖視されて、誰もが応援してくれる、便利な合言葉になっていた。自分は皆からのその優しさを甘受して、己の思いのままに、この10年という時間を過ごしてきたのではないのか。

10年前の自分に何か誇れる物はあるのか、我を通して、進んできた自分の道に何か人の役に立つ物はあったのか。

数年前から、抱いていた疑問が沸々と心の中に湧きあがってきたのであった。

だけど、それでも自分の目指した道を進むしかない。それに自分が夢見た舞台にまだ立ったばかりなのだから、自分の夢とゆうものがただのワガママという欲望であったのか、そうでなかったのか、分かるまではまだ先のはなしである。

そうやっていつになく真面目に考えてしまったが、たまには自分の考えている事を文章にしてみたくなっただけである。
ある言葉を思い出していた、アップル社を創設した人の言葉である。

「貪欲であれ、馬鹿であれ」



さよなら市長 - 2010.06.16 Wed

4月の初旬、ボリビア全土で、各市町村の市長選挙が行なわれた。

クラワラでは、今の市長は選挙に立候補しなかった。

そう、彼は五月末付けでここから去らなければならないのである。

赴任して3ヶ月間、やっと仲良くなった彼と離れるのはとても寂しいものがあった。


彼は30歳でクラワラの市長になり、仕事も早く、部下の管理も行きとどいてる。
外国人の自分から見ても分かるぐらいとても優秀な人なのだ。

しかも、自分を呼んでくれたのは彼なのである。
彼が、市長としてクラワラに居たから自分は今ここにいられる。その一人一人との出会いは、宝くじで一等を当てるくらいの奇跡に近く、まして日本の裏側の人がボランティアの要請を出してくれて、自分がここに居る事を考えると、何か考え深い縁を感じるのである。

そんな市長が居なくなるのは、寂しいを通り越して、不安を感じる。
自分の活動に対して賛成的、協力的な彼がいなくてこれから活動はどうなって行くのか、新しい市長は自分を受け入れてくれるのか、トップが変れば下も変る。不安は募るばかりだ。

だけど、その日はやってきた。
最終日、彼のお別れ会として、皆でご飯を食べ、酒を飲み、踊りを踊った。
彼に最後に教えてもらったのは踊りの踊り方である。
できる男は踊りもうまいのである。

お酒が進み、会場も温まってきた頃、言葉では言い尽くせない感謝を市長に伝えるために歌を歌った。
曲は、ボリビア人に人気のリンダリンダとクラワラデカランガスという覚えたての曲であった。
市長は聞きながら涙を流し、耐えきれず途中で居なくなってしまったのだが、市長の涙には感じるものがあった。

三年間の任期、色々な事があったのだろう、楽しい事も、辛い事も、市長という立場から来るプレッシャーも、、、
苦労した分、終わった時に感じるものは大きかったのだろう。
苦労を乗り越えた者の流す涙は、どんな宝石よりも価値のあるものに感じられた。


新しい市長がやってきた。
これから何があるか分からないが、彼と同じように、困難を乗り越えて、去る時には笑って涙を流したいものだ。
DSCF2880.jpg

市長(ロムロ)と俺

初授業!? - 2010.06.13 Sun

要請には無かった。
大学生に野菜栽培を教えるなんて。
しかも、彼らは自分が農大出の専門家だと思っている。
自分はただの農業者なのに。

しかし、考えようによっては、農家さんに栽培指導するより、大学生に野菜栽培を教えるほうが簡単なのである。

何十年も農業をやってきたひとより、まだ経験も知識も無い人に教える方が簡単だからである。

そして、彼らに土壌の検査を教える事になったのだ。

日本から持ってきた土壌検査簡易キット。窒素、リン、カリ、PHを測れるのだ。
ボリビアには無いようで物珍らしそうに見ていた。

俺の一挙一動を見ている彼ら、さすが大学生である。
拙いスペイン語であるが、説明した事を手帳にメモっている。
なんか先生になった気分だった。
DSCF2851.jpg


だが、診断結果が異常な結果をもたらしたのだ。

リンとカリが異常なほどに高かったのだ、通常の数値の6倍の値である。

なぜ、こんなに数値が高いのか、理解ができなかった。
肥料の入れ過ぎではないかとたずねてみたら、肥料は入れてないというし、試しに他の畑も検査してみたら同じような結果がもたらされ、ここらの土地が全体的にリンとカリが多いのがわかった。が理由は分からずじまいであった。

そんな時こんな話を聞いた。以前、アルティプラーノ全体は一つの湖であったらしい。それが、何らかの原因で水だけ無くなって今の状態になった。その時、湖に含まれている、ミネラル分は土に残り今に至るのだ。

そういえば以前、クラワラの畑の土を舐めたことがあるがとってもしょっぱかった。
今思えばあのしょっぱさが、この地の塩基類が多いのを表わしていたのだった。


教える立場にはなったが、大自然から教わる事は沢山ありそうだ。

高央VSワナク - 2010.06.09 Wed

やっと、やっと手に入れた。
そう自分の畑である。しかもハウス、任地に赴任して3カ月目にようやく手にいれたのである。

場所は歩いて3分で着き、土壁ではあるが立派なハウスである。
水もあるし、ホースもあるし、ワナクもいるし、活動にあたっての問題は無し。

う?! ワナク?!

説明しよう。
ワナクとはリャマと同じラクダ科に属する動物の事である。
参考に写真を載っけておこう。
DSCF2833.jpg

今回借りた畑は大学の所有で、大学ではラクダ科の動物について教えているためワナクが飼われているのである。

そう、こいつがとっても厄介なのだ。

初めて彼女と会った時、唾を吐きかけられ。
二度目に会った時には、前足で二発もくらってしまったのだ。

彼女の先制攻撃によって男、高央の闘志が燃え上がらないわけがない。
ワナクごときに舐められてたまるか。どっちが上か勝負しよう。

この時から奴との戦いが始まった。

顔を合わせる度にお互いまずは威嚇。

得意の前足キックを相手が繰り出すと、すかさず逃げて木の棒を構えて応戦する。

思いっきりヒッパタイてやりたが、研究用のワナクなので傷はつけられない。
が、いづれはヒッパタイてやる。

自分の仕事は野菜栽培だが、ワナクを屈服させないかぎり、安泰な野菜作りはできないだろう。
やっと畑を手に入れたのにまだまだ障害は多そうだ。

第一ラウンド、先制攻撃にて二発くらわしたワナクの勝ち
第二ラウンド、棒でワナクを追い払った高央の勝ち

引き分け~

イライラ - 2010.06.05 Sat

最近無性にイライラする。こんなイライラするのは大学二年生のあの時以来である。

理由は、ボリビア人が全然約束守らないから~
何度スッポカされた事か、何時間待った事か、その週に予定していた事が全部スッポカされたときてはいくらなんでも怒りたくなりますよ。

ボリビア人の馬鹿野郎~(心の声)

イライラしてくるともう誰とも喋りたくなくなるですよね。
質問される以外喋らない。

そこに泣きっ面に蜂、彼らの質問がお金の事。

いくら貰ってんだ、お金貸してよ、おごってよ、お金無いんだ。

俺はお金じゃないんだ。
日本人といえばお金持ってると思いあがって、お前らと同じ給料しか貰ってねーて言ってるのにしつこい。

その他にも、仕事中踊ってるし、停電多くて暗いし、電話も繋がらないし、ネットカフェは空いてないし、シャワーは水だし、寒しって、今まで我慢してきた事が募りつのってイライラのパロメーターが満タンになってしまった(笑)

今なら、笑って言える話だけど、その時は本気で机でも投げて暴れてやろうかと思うくらい、荒れていた。

しかし、こんな心境を救ってくれたのは自分をイラつかせているはずのボリビア人であった。

その日はいつもより早く出勤していた。
畑の土壌調査をしてほしいといっていたからだ。
しかし、案の定スッポカされた。

オフィスが空くまで時間があるから一度家に帰ったのだが、その時大家のカリクストに出会った。
仕事してきたのと聞くから残念そうに誰も来なかったといったら何かを感じ取ってくれたのだろう。

一緒にリャマの小屋を作ろうといってくれたのだ。

ホントは市役所に行かなくてはいけなかったのだが、どうせ仕事はないのだから農業に関係ないけど行ってしまえと行く事にしたのだった。(仕事放棄である仕事ないけど)

だが、そのリャマ小屋作りが面白い。
材料が全部土なのだ。
土を長方形に切り出して(性格ではないが)積み上げていく。セメントの変りに泥を塗って接着していくのだ。いたって簡単な作業なのだが、しっかり計算して作られているのだ。本人曰く、倒れないようにできてるらしいが、地震の多い日本では絶対むりだろう(笑)

お日様の下で働くと暑くてしょうがない、気づけば半袖になっているではないか。しかし、こんなに気持ちいい日は久々であった。
気分がよくなると、少し心に余裕がでてきた。

そして、自分のこの状態について反省した。


言葉が違うのは当たり前。
育ってきた環境が違うのだからものの価値観が違うのも当たり前。
日本で当たり前の事はボリビアでは違うのだ。
この事が前提になくては、気持ちの面でこの国では働けない。

それを忘れてしまっていたことにカリクストと一緒に働く事で思い出したのであった。

事務所に帰ったら、もう一度頑張ってみよう、彼らの生き方に合わせて、

でも、自分だけが我慢して合わせていくことがいい事でもないと思う。お互いがお互いの価値観を認め合わなければ俺と彼らの本当の理解に繋がらないから。

そう思うと彼らも自分にイラついていたかもしれないな。

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プロフィール

Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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