topimage

2010-07

健康のために注射しよう - 2010.07.30 Fri

最近大学生と一緒に行動を共にする事が多くなった。
水が出なくて彼らと一緒に野菜作りはできてないが、今日は彼らの実習について行った。

町から一時間ぐらい歩いて行った所がその実習場所なのだが、何をやるかというと、、、

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80頭のリャマを相手に、、、、


彼らの健康のために、、、、


注射します。


先生と生徒と俺、約20名で、一斉にリャマにとりかかっていった。
どうやら、リャマは耳が弱点らしく、両耳を掴むと大人しくなるのである。

一人が耳を掴み、もう一人が注射をするという形で、リャマに注射をしていった。
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自分はリャマの耳を掴んで捕獲するとうい作業を手伝ったのだが、毎日、危険な生き物と顔を合わせていたお陰で、難なくリャマを捕獲する事ができた。

むしろ、逃げまどうリャマ、人間を怖がるリャマが可愛く見えた。
ハウスに住むあの生き物も少しこのリャマ達を見習えばいいのに。


20人近くもいたので、作業はほんの30分ぐらいに終わった。
帰り際に気付いたのだが、リャマ小屋には大量糞が落ちており、それが埃と共に舞い上がり、リャマの糞臭くなっていた。
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バリケード崩壊 - 2010.07.27 Tue

自分の住んでいる家には大家さんの犬がいる。
名前はバルト(♂)体は黒く足だけが黒と白のまだら模様になっている。
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バルトは甘えんぼうで、自分を見つけると、遠くからでも駆けてきて、抱きついてくるのだ。たまにうっとうしくなるのだが、律義に自分に歩みよってくるのが時たま可愛くおもうのである。

最近は、俺の後に付いてオフスまで来たり、食堂まで来て餌をねだるのであった。
人と犬のそんな微笑ましい日常の中で事件は起こった。


その日は、仲のいい子供達にワラ(ワナーク)を見せてあげる事になっていた。
先日バリケードも作ったし、彼らは襲われる事はないと思って安心して中に入れた。

その時、余計な奴まで入って来てしまったのだ。
そうバルト(犬)である。

ご主人を守るためか、嫌がらせか、バルトはすかさず、バリケードの向こうに行ってワラに戦いを挑み始めたのである。
ラクダ科と犬の対決、滅多に見られる戦いではなく、興味本位でどちらが勝つか、その場で見ている自分がそこにいた。

バルトは吠え、ワラは頬を大きく膨らまして唾を吐きかけ、お互いに威嚇合戦がはじまったのだ。

しかし、異変はすぐに起きた。

いつもはおとなしく、人が近寄るだけで逃げるインティ(ワラの息子)とヤッサン(普通のリャマ)がワラに加勢しバルトに戦いを挑んできたのであった。
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3匹対1匹の劣勢に立たされたバルト、だけど方や牙を持つ肉食獣、そう簡単には負けないだろう思っていたが、結果はあっけなかった。

バルトより5倍はでかいワラ達に三方を囲まれたバルトは、ただ吠える事しかできず、ワラの得意の前足キックの前からバリケードのこっち側に逃れることしかできなかった。

ワラVSバルトはワラに軍配があがり、バルトはバリケードのこちら側に逃げ帰ってきた。
こちら側はワラの侵入できない安全地帯だから、バルトの無事を皆一安心した時、

ワラの様子がおかしいのに気がついた。

怒り狂っているという表現がまさにぴったりであった。
バルトはワラの逆鱗に触れてしまったらしい。

バリケードの僅かな隙間をぶち壊して、こちら側にやって来たのであった。
そのバリケードを壊す様は、戦車が家を壊すかのようで、見る者の恐怖を煽りたてた。

安全地帯は無くなった。
ワラが襲ってくるとい恐怖と、子供達をすぐハウスから全避難させ、身の安全を確保しなければならなかった。

しかし、怯える子供、咄嗟にスペイン語が出てこない自分、危うくホントに怪我人がでたかもしれない時、バルトが男を見せた。

自らワラの前に躍り出てワラの気をひいて子供達の脱出に協力してくれたのであった。
その勇士は犬ではあるが敬意を払うのに値した。
しかし、多勢に無勢、ワラ達に追いかけまわされるバルトは狐に追われるウサギのようであった。

子供達をハウスの外に出して、自分が扉を少し開け、再び戦場に顔出すと同時に、無事バルトも扉を抜けて脱出に成功したのだった。

幸い怪我人は誰もいなかったが、扉を一つ挟んだ向こうにはワラが徘徊してこちらの様子を伺っているのが分かった。扉の隙間から見えるその顔は顎を少し上にあげて、自分の勝利を主張しているかのようだった。

もう安全地帯は存在しない、これからまた、危険に身をさらしながら作業をする日が来ると思うと気分が暗くなった。

そんな思いなどつゆ知らず、事の発端者はいつものように抱きついてきたのであった。

主な登場人物
自分=佐藤高央
ワラ=ワナーク
バルト=犬
インティ=ワラの一人息子。只今生後2カ月
ヤッサン=ただのリャマ

1点 - 2010.07.24 Sat

開始10分、早くも息が上がってまともに動けなくなった。
ボリビアに来てもう半年もたつが、やはり、高地でのサッカーにはなかなか慣れないのである。

まぁ、来て初めてした時に比べたら頭も痛くならないし、プレー時間も延びたから少しは慣れているのだろうけど。(*荒野を駆ける参照)

だが今日はいつもより調子が違った。
ステップが軽いのである。
なぜなら、おニューのサッカーシューズを履いているからである。

今までは普通のスニーカーを履いていたのだが、とうとう前回紐が切れてしまい、使い物にならなくなってしまったのだ。

実は人生初めてサッカーシューズを履くのである。
履き心地は良好、滑らないし、ちょっと早く走れている感じがする。


試合が始まってみると、いつも後足一つ分足りなくてパスカットできなかった所が、届くようになり、競り合いでも負けなくなったのである。
サッカーシューズさまさまである。今まで履かなかったのが、馬鹿であった。
(ボリビア人全員サッカーシューズ履いています。サッカーにはお金かけるみたい)

しかし、身体能力まで変える事はできない、最初の活躍は嘘のように鳴りを潜め、試合から消えていったのである。

試合を初めて1時間が過ぎようとしていた。
そろそろ日が落ちてきて終わろうとしていた時だった。

味方側にパスが周り、パスを貰おうと最後の力を振り絞ってゴール前まで走っていった。

ボールは自分のはるか頭の上を通り過ぎ、逆サイドに流れていって味方選手がシュートをした。
しかし、そのボールは外れ自分の前に転がってきた。
チャンス到来、自分の前にはディフェンダー一人、キーパー一人

その時本能的にいけると感じた。
左に抜けようとフェイントをかけて右に抜けだし、得意のシュートコースである、斜め45度から思いっきりシュートを打ったのだ。(スラムダンクのパクリではありません)

キーパーは前のディフェンダーに視界を遮られ、そのシュートは止められる事はなかった。

やっとボリビアのこの地で1点を決める事ができたのだ。
表だって喜びはしなかったけれど、胸の中は、喜びで一杯であった。
他人からしたら何んだそんな事かと思われるかもしれないが、自分には大きな一点なのである。

フットサルで活躍して、サッカーチームに誘われて早3ヶ月、フットサルの三倍はあるコートを走るのは想像以上に苦しく、不甲斐ない結果ばかり残してきた。
男の世界は単純で、活躍すればヒーロー、しなければ相手にされない。

何もできなかったあの最初の試合、惨めなものであった。
試合の後、誰も何も声をかけてくれない、弁解する間も無かった。
とぼとぼ帰ったあの日ほど悔しいものはなかった。

それを思えば今日の一点はあの日の惨めさを打ち晴らす1点でもあったのだろう。
ヘコタレズサッカーし続けて良かった。

水が出ない - 2010.07.21 Wed

ウーン、ウーン、ウーン、非常に困った。

本当に困った、もう5日間も水が出ないのだ。(ハウスだけ、家も半日はでないけど)

今、ハウスの中ではチンエンサイを育てているのだが五日間も水をあげてない。
あー可愛い我がチンゲンサイよ、このまま朽ちてしまうのか。

水が出ない原因は自然環境のせいじゃない。
水道局のトラブルだそうだ。

今新しい浄水所を作って作動をさせようしてるのだが、そこで何かトラブルがあったらしい。

詳しい内容は分からないが、住民皆困っている。

ウーン、ウーン、ウーン 非常に困った。

本当に困った。農大生達と橋渡し役の先生がもう1カ月間も来ないのである。

予定してた野菜栽培指導も日本語教室も始められないではないか。
このままお流れかな。

原因はその先生の奥さんが危篤らしくずっと付き添っているからしい。
それなら仕方がないが1カ月は長いだろう。

ウーン、ウーン、ウーン やっちまった。

カウンターパートナーと喧嘩してしまった。
もう一週間口をきいてない。

けどあいつが悪い、人の顔見ればご飯おごってくれなど、おごらないと直ぐにケチというなど。人を何だと思っているのか。

一発ガツンと言ってやった、そうスペイン語で、言った後はスッキリしたけど、やっぱ後味悪いよね。
まあ、そのうち仲直りするかな。


ウーン、ウーン、ウーン 
やっぱりここでは中々思い通りに事が運ばないね。

まぁ、どうしようも無い事ばかりなので気を長く持つ事しかできないかな。

とにもかくにも今日も水はでなそうだ。

健康になろうプロジェクト - 2010.07.17 Sat

ボリビアに来て4kgも体重が減った。
もともと少なかったのが、さらに減ったから本当にやばい。

頭が痛い。

眠れない日々が続いて寝不足。


と前のブログで書いたのだが、いよいよ、体の不調が著しくなって来て先月から新たなプロジェクトが始まったのだ。

その名も健康になろうプロジェクト

このままでは、ここでの生活はままならないし、活動すら力が入らない。最悪任地変更、早期帰国だって考えられる。

そんな事にならない為に自分の生活態度を改める事にした。

まずは食事である。
毎朝、パンを二つしか食べていなかった所。
露店で日本人にはちょっと多いでしょうというスープを飲む事にした。
スープにはキヌアとい栄養満点の穀物が入っていて、朝食には持ってこいだ。

次に昼飯、今まで圧力鍋が買えなくご飯やパスタが作れなく、インスタントラーメンばかり食べていた所を圧力鍋の導入によって改善された。
ジャンクフード大好きの自分であったが、当分食べるのはやめようと思う。
なぜなら、食べ飽きたから。

そして夕食。
高地では夕食をがっつり食べるのはタブーとされえいる。
なぜなら、食べ過ぎると消化不良を起こすからである。
消化ににも酸素を使い、お腹が消化中に寝るとその酸素供給が著しく減るからである。
だから、ボリビア人ですら夜は沢山はたべないのである。
しかし、自分はそのタブーを犯したのだ。
日本での習慣もあるだろう、夜が一番食欲があるのだ。
今では、脂っこいものがっつりいってます。
(だけど、今だに消化不良してない、多分、おれ胃強いは)

次は、自分の悪習慣を改善する事になった。
良く考えたら、いけないですよね、酸素の30%カットの所で毎日、10本なんて。
だから、頭痛くなるし、眠れないんですよ。

けど、こればかりは止められない、だって唯一のストレス解消方法なんだから。
だけど、止めないと辛い。

何度、これで最後と誓ったか、何度周りにもう止めると言ったか。
でもやめられない、これが依存なのだろう、弱い人間だ。

しかし、発想を変えてみた。
別に止めなくてもいいよ、吸いたきゃ吸えばいいじゃん。
そしたら、最近吸わなくなった。
いつでも吸おうと思えば吸えるから、気が楽になったのかな、逆に吸わなくてもよくなったのだ。

他にも色々と改善していく中で、一か月が過ぎると体重は元に戻り、睡眠不足は改善された。
ただ、高山病の影響は無くなったわけではない、常に空気の薄いこの場所で、ベストコンディション、ベストパホーマンスを行う為に日々努力をしていかなくてはいかないだろう。

高地で生きるのは一苦労である。

スクレ - 2010.07.14 Wed

一行はプレストの環境祭りを終えて、チュキサカ県の県都スクレへと向かったのであった。

スクレはボリビアが独立した当初の首都であり、今でも憲法上はこのスクレがボリビアの首都なのである。また、ボリビアの独立戦争で活躍したスクレ将軍の名前をとってスクレという名前がついたのである。

そんなスクレの町にはある異名が付いている。
「シウダーブランコ」「白い町」である。

屋根は赤く、壁は白い。
どこかヨーロッパを思わせるたたずみであった。
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ラパスやオルロに比べると静かで、気候も暖かくとても住みやすい。
この道を真っすぐ行ったら港にでも辿り着きそうな、そんな空想を浮かべたくなるような町だ。
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ここスクレではウインナーが有名なのである。
職場の同僚にスクレに行くと行ったら必ずウインナーは食べてくるようにと念押しされたていたので、早速ウインナーを食べる事にした。
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ウインナーを一口サイズに切って口に運ぶと、その食感、味共にウインナーとは別物であった。

中はブタのひき肉が引きつめられて脂っこい、そう、めちゃくちゃ重いのであった。
想像してたウインナーとの違いに戸惑い、あまりお腹も減っていなかったということもあったが、食べきるのに同期の力をかりるしかなかった。

写真の一本だけなのだが、その日は夕食を食べなかったぐらい重かった。

私はボリビアのプラザが好きだ。
ほぼ一年中晴れている空を眺めながらタバコを吸うのが何よりもの祝福だ。
また、何よりも解放感が感じられる。
プラザには自分を知っている人は誰もいない、自分も誰も知らない。そしてお互い外国人同士。
人との関わりのない中だから気も使わず、自分だけの自由が堪能できる。また、周りに人がいる事によって、一人ぼっちの孤独感には陥らない。そんな空間を提供してくれるのがボリビアのプラザなのである。

また、人を観察しているのも面白い、子供が元気に走り周りハトを追いかけまわしていたり。アルゼンチンの勝利(ベスト8)に騒ぎまわっている若者、おばあちゃんとハトに餌をあげる孫、そこにはそれぞれの笑顔あり、家族や友人への他者への愛を感じる微笑ましい光景が広がっていました。

帰りのバスまで時間があり、一人で祝福の空間を味わっている時靴磨きの二人の少年(7、8歳ぐらい)がやってきた。

二人は靴を磨いてやると自分に言ってきたのだが、あいにく自分はスニーカーで靴磨きは必要ないと断った。

しかし、必要以上迫ってくる子供。
そして、もう一人の子供が靴磨きを迫っている子供にたいして、一言「サカレ」といったのであった。

意味は、「取れ」である。
その言葉を聞いた途端、やばいと思った。力では子供に対して負ける事はないが、何か物を取られたら追いかける事ができない。なぜなら荷物を持っているからである。
何を狙ってるのか何が取られそうか考えた時、手にデジカメを持っていた。
そしてとっさに自分は持っていたデジカメを隠すと、バレタと思った子供達はすぐさま私の前から去って行った。

一瞬でも気が抜けない、プラザには、微笑ましい光景と危険を併在した場所であったのだ。

時間になり、バスに乗って帰る時ある事に気付いた。
俺、お金ないやん。

プレスト村 - 2010.07.12 Mon

チュキサカ県は渓谷地帯であり、プレストまで続く道はその山を縫って進むので蛇のような道である。その道をスクレから三時間ほど車を走らすと、プレスト村にたどり着く。

プレスト村は2000人ほどしか住んでいない小さな町で、周りを裸の山に囲まれている。
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標高は2500mで自分の任地より1500m近く下がるのだがこうも気温が違うのかとビックリさせられた。どれほど違うかというと、プレストの夜の気温より任地の夜の自分の部屋の気温の方が寒いのだ。
寒さに慣れたといこともあるのか、プレストでの日々はとても暑く感じた。

今回プレストには同期隊員のひろみ隊員のお手伝いのために自分以外にゆずる隊員とよしえ隊員が参加した。

ゆずる隊員は空手を子供達に教え、よしえ隊員はひろみ隊員をバックアップした。
そして、自分は十何時間もかけてギターを担いできたのだ。

人前で何か芸ができる事がボリビアに来てこんなに生きるとは思っていなかった。
そんなにギターはうまいわけではないが、日本の歌を歌うと物目づらしそうに見てきて、スペイン語の歌を歌うと、一緒に歌って盛り上がる。

気づけば子供達に囲まれて少し人気者になった気分であった。
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今回催し物はゆずる隊員の空手教室、アグリクルトーレス(ユニット名)による演奏、もののけ姫の上映会であった。
アクシデントもあったが、無事に一日目を終える事ができたのだった。

二日目は子供達がゴミから作ったリサイクル品の展示会であった。
正直いって驚いた。
ボリビアの子供達が完成度の高い、リサイクル品を作っていたからだ。

正直、ボリビア人を馬鹿にしていた自分がいる事に気付いた。
それはボリビアが発展途上国であるからだ。
自分の中には知らず知らずに途上国の人達は何か能力的に足りない人と思っている所があったのだ。
言い方は悪いが潜在的そう思っていたようだ。
だから、彼らの作った作品に対しての驚きは、彼らにこんな物はできるはずはないという思いからきていたのだ。

彼らには足りない物があったのでは無かった。
彼らに足りないのは機会なのでる。
物を作る機会、それを人に見せる機会、日本では当たり前に与えられている事はここに無いのである。
しかし、どうだろう、機会を与えられると、彼らは彼らの力を発揮するのである。

その機会を与え、子供達にリサイクル品の作り方と物を作る楽しさを教えた同期隊員の活動は子供達にとっては尊いものだと感じた。また、そんな活動をしていひろみ隊を素直に凄いと思ったのであった。


余談だが、自分は小さいころワクワクさんが大好きだった。
(同世代の人はよく知っていると思うが、教育テレビの番組でペットボトルや牛乳パックからおもちゃを作る人である)

ワクワクさんの見よう見まねでよくおもちゃを作ったものだった。
もしボリビアの子供達も普段からこういうものに触れる事がだきたら、この国も少しは変るのではないのかなと思うのだった。

途中下車 - 2010.07.09 Fri

途中下車

プレストという町に向かっている。
任地からバスで15時間ぐらいかかる。チュキサカ県の小さな町である。

もちろん直通などなく、3回の乗り継ぎをしなくてはならないのだ。
その乗り継ぎ地点オルロの到着したのだが、次のバスまで6時間も空きがあり、何をしようか迷っていた。

オルロは前回のオタク祭りで一度来た事があるのだがターミナル付近しか分からない。
何をするにも案内人が必要であった。

そうだ、オルロの隊員に会おう。
突発的な考えではあったが、ちょうど同じ野菜栽培の隊員がオルロに居たので、電話をすることにした。

突然の電話にも関わらず彼は快く受け入れてくれ、しかも今日は彼の職場でパーティーがあるから一緒に参加しないかとのお誘い付きであった。

待ち合わせ場所は街の中央の広場である。しかしそこに到着するまでに少し手間がかかった。自分の発音が悪いみたいで広場という意味のplazaという単語が伝わらないのである。
また伝わってもplazaの名前は何かと聞かれて困惑した。

なぜなら、オルロ隊員はplazaと言えば大丈夫だからと名前を教えてくれなかったからだ。
(彼も名前は分からなかったらしい)

警察の人に聞いてどうにか辿り着いたが、荷物を背負っていたので、酸素不足と合わせて少し息切れをしていた。

オルロのプラザは標高3800mもあるのに、木々が生い茂り、鳥が巣を作っていた。
任地にいるとあまり緑を見る事ができないので、久々の緑に感激していた。
しかし、何故こんな高い所に木が生えるのだろう。
昔に聞いた事のある森林限界地域は3000mだというのに、ここでは木はある。
日本で考えれば富士山のてっ辺に木が生えてるようなものだ。
多分緯度の関係であると思うが、もしオルロが高地でなければ沖縄みたいに暑かっただろう。
オルロ隊員にはパーティーの時間まで町を案内してもらった。
町の人口は20万人、日本から考えたら大した町ではないと思っていたのだが、1000人ぐらいしかいない町から来たらそこは大都会に感じられた。

通りは人で埋め尽くされ、そこら中に広げられてた露店、ミカンの山や靴の山からは街の活況さが伝わってきた。

そして今日は特別な日でもあったのだ。
San fanの日である。

その日にはボリビア全土の各家庭が焚き火をしてホットドックを食べるらしい。
理由はよく分からないが、とにかく日が落ちて闇夜に包まれるとそこら中で焚き火が始まっていた。
子供達は買い与えられた花火を持って遊びそこら中で爆竹の音が聞こえた。

オルロ隊員の職場(ハウス)に着くとそこにも焚き火があった。
しかし、ホットドックは無く、変りに牛の心臓を薄く切ってバーベキューのように焼いた食べ物が用意されていた。
昼からろくな物を食べていなかった自分は貪るようにして牛の心臓を頂いた。
食感は牛タンのようで、ピーナッツからできているソースをかけて食べる。
自分はタン塩のようにしていくつも食べた。

食事が一息つくと、オルロ隊員の同僚達と会話を始めた。
ここで働いている人達は皆、野菜の専門家達で、しかも、彼らの使用しているハウスは自分が使っているのよりもかなりいいものである。ここには高地での野菜栽培技術も集積されていて、今後の自分の活動をするにあたってとても参考になる場所であった。しかも、オルロ隊員のお陰でそこで働く彼らと知り合いになる事ができたのはありがたい。
彼には感謝である。

焚き火に当たりながら会話したり、おしい食べ物を食べさせてもらったり、とても有意義な時間を過ごせた。
ただの時間つぶしのつもりが、とても有意義な6時間になったのだ。
プレストまでの続く道、幸先のいいスタートであった。

COPA EL MUNDO(コパエルムンド) - 2010.07.06 Tue

響きがいので題名に使わせてもらいました。
意味は分かりますか。
ヒント
世界のコップ、、、、、ここで分かった人は凄い。









→世界杯、、、、ここまでくればわかりますよね。










→そう、W杯です。

こちらボリビアでも大盛り上がりW杯
日本では深夜の放送になってるかもしれませんが、こちらでは、朝から昼にかけての放送で丁度仕事中に見れます(笑)

やっぱサッカー大好きラテンの国、仕事よりもサッカーなんですね。
わざわざ事務所にテレビ持ってきて皆で見てます。


所で日本ではベスト16に対する日本代表の評価はどうなってますか。
ボリビアでは、少し日本人の株があがりました。
特にデンマーク戦の本田の活躍。
知り合いのボリビア人に会うたびに話になります。
日本はいい選手がいるね、あの試合はいい試合だったよ、日本強いね。

日本代表を褒められているのだが、なんか自分が褒められているようで嬉しかった。


そして、ベスト8をかけた戦い。
最後は泣けましたね。
PKは時の運、外した駒野の事を思うと心が痛いです。

駒野は日本代表の中でもPKがとてもうまかった選手なですよ、だけど本番ではどうなるかわからない。
だけど微笑ましいエピソードがあります。
パラグアイの五人目の選手がPKを決めた時パラグアイの選手は歓喜の輪を作って喜んでいました。しかし、その輪から一人の選手、駒野と同じ順番に蹴った選手が抜けて彼の元へとやってきたのです。

無き崩れる駒野選手の頭に額を当てて、駒野を慰めたのです。
パラグアイの選手自信、PKの運命的な物を分かっていたのでしょう。
何をいったか分かりませんが、そんなパラグアイ選手の行動に胸うたれました。


もっと日本代表やW杯について語りたいのですがブログの趣旨が変りそうなので控えておきます。

所で俊介は今どうしているんでしょうか。

第二次ワナーク戦争 - 2010.07.03 Sat

発端は、自分の知らない所で起きた。
現地に一年前から派遣されている、先輩隊員が襲われたのだ。

不意を突かれた先輩隊員は、防御も何もできないまま、ワナークの前足キックをくらって、2メートルも吹っ飛ばされ、全治1日の怪我をおったのである。

その現場を見れなかったのは残念だが、彼の悲鳴だけは今も鮮明に残っている。

怪我から復帰した先輩隊員は早速ワナークとの戦闘準備を始めた。
そして、自分も必然的にその戦列に加えられ、戦闘に参加する事になった。

作戦は、ワナークの行動範囲を限定し、襲われる危険性を防ぐためバリケードを作りである。
本来なら、殺っちまって食っちまいたい所だが、(それほど先輩隊員の恨みは深いし彼はリャマを屠殺、解体できる)観察用の動物なので、バリケード作りに留めておいた。

そして、バリケード作りが始まった。
棒を紐で結ぶ単純な作業ではあったが、作業中にワナークに襲われる可能性があるので自分はワナークの追い払い役を担った。

早速、バリケード作りを始めたのだが、直ぐさま自分達の気配に気づいたワナークが駆けつけてきた。
駆けてくるその姿は歴戦の猛者を思わせるかの様な姿をし、僕らを驚愕させた。
そう、彼女の先制攻撃、突撃である。一度、この突撃の餌食になっている先輩隊員は一目散に戦線を離脱した。
残された自分は、握っていた棒を槍のように持ち、突きの姿勢をとった。
顔を合わせる度に小競り合い繰り返す事によって編み出した、唯一の防御法である。
棒の先を顔の前に持ってくると彼女は凄く嫌がり、前進を阻む事ができるのである。

しかし、今日の彼女はいつもより機嫌が悪い、突きを持ってしても撃退はできず、隙を見せればすぐにでも襲いかかろうとしているのである。

両頬が大きく膨らみ、唾を吐きすて、僕らは前線を後退するはめになった。


このままではバリケード作りはできない、安全地帯に避難した僕らは、改めて作戦を練り直す事にしたのだった。
しかし、アイデアは浮かばず、沈黙が続いた後、ふとホースが目に止まったのであった。

二度目のバリケード作りが開始された。
案の上、僕らの気配に気づいたワナークが駆けてきたのであった。
放水開始!!
そう、新たな撃退法とは水である。
毎朝、ハウスに来ると、ワナークやリャマに水をあげるのが自分の日課なのだが、たまにふざけて水をかけてみると、すぐに逃げて行くのである。
その事を思いだして今回の作戦に使用したのだ。
水飛沫から逃げるワナーク、それを見て「ザマーミロ」と積年の恨みを晴らす先輩と俺。

そして見事にワナークを撃退しバリケード作りは成功したのである。


そして、僕らは自分達の安全区域を手に入れ勝利の喜びに浸っていたのだが、彼女が自分の領土を奪われて、秘かに領土奪還を固く決意してる事を知る由もなかった。


*注意
 決して動物が嫌いな訳ではなく、苛めているわけでもありません。
 むしろ仲良くしたいのですが、油断すると直ぐに蹴られるので、自己防衛のためにしかたなくやっています。飼われているとはいえ、動物とは本来危険なものなのである事を理解して頂きたい。

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Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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