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2010-10

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ベニ県への旅(番外編) - 2010.10.30 Sat

任地に帰ってきたらホットした。
そして、ルレナバケに比べたらクラワラデカランガスがなんて素晴らしい場所なのかを心から感じたのであった。

寒ささえ我慢すれば虫はハエぐらいで、蚊やダニはいない。
人は優しいし、リャマ肉やキヌアはうまい。

任地が最高と思えるようになったのは今回の旅で散々な目にあった事とクラワラに慣れた事だろう。
そして、当分は蚊のいる低地には行きたくない。


そこで思う事が一つある。
以前のブログに低地(カンバ)と高地(カジャス)は仲が悪いと書いたが、今回の旅でなとなく理解ができた。

気候の違いは人を大きく変えるのではないだろうか。
暖かい所に住んでれば、ビールも美味いし陽気も穏やかになる
寒い所に住んでれば、よく働いて体を温めたり、心も温かい人が多くなる。
同じボリビア人ではあるが、彼らはの性格は大きく違うのである。

ルレバナケからラパスまでは200kmしか離れていないがこの大きな違いは人を大きく変えているのだ。

また、高地に住み慣れた人が低地に旅行に行けば、暑さにはまいるし、蚊なんてもってのほか、二度と行きたくなくなるだろう。
逆もしかり、暑さに慣れた人は寒さに凍えて耐えられないだろう。

そして、お互いに、お互いの場所を嫌悪し、そこに住み人も嫌悪するのではないだろうか。
全員がそうだとは言えないが、少なからずそういった事も原因の一つにあるのではないかと今回の旅行で感じたのであった。

そこでもう一つ疑問が浮かんできた。
コチャバンバの人々は一体どんな人達なんだろう。
コチャバンバは標高2800mぐらい、気候は低地と高地の間を取ったところで、常春だと聞いている。

コチャバンバは低地の人も高地の人も素晴らしいと口を揃えて言う場所、是非どんな所なのか行ってみたいものだ。
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ベニ県への旅(動物編) - 2010.10.28 Thu

今回の旅はまさしく動物達との出会い。
名前の分からない鳥から人懐っこいサルまで写真に収めた動物達を載せます。

動物園で、
嘴がめっちゃカッコイイが目がギョロギョロしてて不気味な顔
鳴き声も独特でいかにもジャングルの鳥だ。
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気持ちよく日向ごっこ、あまりの愛らしさに、抱きしめたい衝動にかられた。
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ボリビアにもきつね居るんですね。
だけど全く動かなかった。
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ジャングルで、

三列に可愛く並ぶ亀さん、動きません
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三列に可愛く並ぶ鳥さん、動きません
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おー、ワニだ強そう、でも動きません
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カピパラさんだ、なんか不細工だけど可愛い、でも動きません
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なぜ、動かないのだ、ジャングルの動物はナマケモノなのかと思わせるくらい動かない。
一体何を考えているのだろうか。

でも動くのもいいて、
歩く水鳥
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木の穴に隠れているアナコンダの子供(よく分からんけど)
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人に慣れてるおサルさん、持ってたバナナ、四匹ぐらいに強奪されました。
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動物園で会うよりも、野生で会える方がなんか面白い事を発見したのでした。

ベニ県への旅(道のり編) - 2010.10.27 Wed

久々の旅行である。
半年に一回、ボリビアの全ボランティアが集まっての会議がある。
場所は古巣のサンタクルス

暖かくて空気のある所に行けるのは何よりもの祝福である。
そして、せっかくサンタまで来たので少し足を延ばしてジャングルで有名なベニ県へ行く事にしたのだっだ。


ベニ県は日本の半分くらいの面積を有するのだが、人口はたった40万人しかいないのだ。
そのベニ県で目指す場所はトリニダという県都とルレナバケという観光地である。

サンタからトリニダまでは夜行バスで9時間
トリニダからルレナバケはバスで12時間
ルレナバケから今回目的のジャングルツアーはバスとボートで6時間とういう日程である。


サンタ、トリニダ間は舗装された道で、寝て起きたらもうトリニダっという具合で快適なバスの旅であった。

しかし、問題はその後である。
トリニダ、ルレナバケ間が最悪の道のりであった。
日中気温35度を超すというのに冷房設備は皆無、窓を開ければ砂が入るし、けど閉めたら蒸し暑い。また道はガタガタ、揺れ過ぎて座席に何度も体を打つというあり様である。

昼間の移動なので、皆でトランプしたり、おしゃべりしたりと楽しいバス旅行を予想していたのに、予想以上の揺れと暑さで誰一人口を開こうとしなかった。

ただ、唯一面白かったのが、川を渡る時である。
公共整備の整った日本では考えられないが、川に橋がないのである。

だが、その変りに船にバスを乗っけて川を渡ったのである。
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こんなボロそうな船で渡れるのか、沈んだらピラニアの餌食などと余計な心配をしたのだが、それは無駄に終わった。

川を渡っている時は奥地に向かう冒険者の心境に居たっていた。
DSCF1570.jpg

そんなこんななで、やっとルレナバケに着いたのだが、その後もまた、お金と時間を費やしたにも関わらず酷い目に会ったのだった。

ルレナバケからはバスで3時間サンタローサという町にまず向かった。
相変わらず道は酷かったが、12時間のバスの旅を克服した屈強な若も達にはあまりたした時間ではなかった。

問題はボートで奥地に向かう途中である。
我々、高地に住む人間達には縁のない蚊の猛攻にさらされる羽目となったのだ。
叩けど、払えど、一向に減らない蚊の大群、川に水が少ないから、途中でボートは止まる。

そして、そのボートを押す蚊弱き日本人達に容赦なく蚊が襲い掛かる。
目的地までに辿り着く頃には、早くも高地に帰りたくてしょうがなかった。
R0017212.jpg


そんな最悪の道のりであったが、帰りは楽しく帰れたのであった。
蚊の大量発生地帯から出られると思うと心は高ぶり、ボートの上でギターを弾いて楽しいひと時、歌いまくってたら、あまり蚊にも刺されない幸運にも恵まれたのであった。


最後にもうバス移動に疲れたベニ県旅行隊一行は飛行機でラパスに帰ったのであった。

これ空港です。だれかのお家のようですね。
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これ飛行機です。ちっちゃいですね。
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MARCA MARCA - 2010.10.20 Wed

クラワラの町から、車で30分行った所にMARCA MARCAという村がある。
その村には最近援助で井戸とハウスが建てられた場所である。

そんな市内からちょっと離れた所にある町が、私の新しい活動先になっている。


未だに水が出ない現状にイライラしてる時に良い機会が訪れたのだ。
たまたま、別の用でマルカマルカに寄った時にたまたま顔見知りのNGOの人に会ったのであった。

彼は、マルカマルカの学校の先生に話してる最中であったのだが、私を紹介してくれて、是非学校のハウスを見てくれと頼まれたのであった。

ハウスを見学していると、この村には農業技術者がいないという話になり、
もし時間があるなら野菜について色々教えてくれないかと話を持ちかけられたのであった。

ずっと活動らしい活動ができていなかったから、これはチャンスと思い二つ返事で了解したのだった。

別の日、NGOの知り合いに連れられて、やっと日の目を見る日本から持ってきた種と最近手に入れた堆肥を持って村におとずれたのだった。

学校に着くと、子供達は宇宙人でも見るかのように私をみる。
なぜならこの子達は村から出る事がまずない、それに、電気がないからテレビも見る事ができない。
そう、完全に外との繋がりがないから肌の色の違う、目の細い人間に興味深々なのだ。

そんな子供達は先輩隊員に任せて
自分はボリビアで初の農業指導をしたのだ。

ボリビアのハウスは日本のような全体がビニールで囲まれたものではない。
全体が土壁なのだ。屋根だけがビニールなのである。

最初、そんなハウスを見てると金がないのかなと思ったが、ここら一帯は風が強いからビニールだけだと直ぐに壊れる。
だから土作りなのだろうと最近分かってきた。

農業指導の対象は学校の先生だ。
彼らは、農家でも種を全てばら蒔きにする、育苗の時もだ。
これは種の無駄使いで、野菜が密集してるから徒長してしまっている。

そんな状態なのに先生達は立派でしょうって満面の笑みで言ってくる。
そんな顔で言われるから、駄目だよって言えなくなってしまった。
というわけではなく、取り合えづ様子を見る事にした。
なぜなら、理由はいくつかある。
彼らも農業者である、自分のやり方を頭ごなしに否定されたら誰だっていい気分はしないし、農業者なら尚更、反感をくらいかねない。
もう一つは、もしかしたら、この方法がこの土地では適した農法かもしれない、下手に自分の良いと思うやり方を押しつけて失敗したら、今後何も聞いてくれなくなる。

そんな訳で今回は、口で言うのでは無くて、実践して見せてみようと思ったのだ。
もし、自分の方法が良ければ自然と取り入れてくれると思ったからだ。
ばら蒔きではなく、点蒔きを彼らと一緒にする事した。
作業しながら日本の種まきは大変だねと愚痴をこぼされながら、また興味深々に学んでる人もいながら今回の作業は終わった。

今後この野菜が成長してみないとわからないが彼らの反応が楽しみである。
3週間後にまたマルカマルカに行くのが今からワクワクしてるのだった。

子供隊達に折り紙を教えて記念撮影(折り紙教えたのは先輩隊員)

2 01 07



*農業関係の写真は作業に夢中になってて忘れてしまってました。

クラワラデカランガスってどんなとこ? - 2010.10.17 Sun

そういえば、自分の任地についてあんまり紹介してなかったので、何回かに分けて初回していきたいと思います。

ということで、今回はクラワラの観光名所カラチュワを写真を使って紹介します。

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行く途中で景色が良かったので一枚パシャリ
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首がめっちゃ細いアルパカがいたので一枚

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ここがカラチュワ、クライミングの名所である。
ここの軍隊はここで山岳訓練をするらしい。

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中に入って見ましょう

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こんな細い所通ります
(ちなみにチョリータさんは通れません、民族衣装来てる女性達です。なぜなら彼女らはデブだから)

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その奥を抜けると

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ここの湧き水はカラチュワの水と呼ばれています。
この水には伝説があり、飲むと必ずクラワラの人と結婚してしまうみたいです。

実際に知り合いのお医者さんがこの水を飲んでしまって結婚してしたそうです。
ちなみに僕は飲んでません。

P1010885.jpg

岩に囲まれた場所カラチュワ
是非お出で下さい。

水が出ないパート2 - 2010.10.14 Thu

水が出なくなってもう3ヶ月目になろうとしている。
とうとう春が来て暖かくなっているというのに

これじゃ俺がここに居る意味無いじゃん。

3ヶ月もたって分かって来た事があるのだが、市役所は水道管の工事に費用を出したくないようなのだ。

なぜなら、ワラとインティを動物園に売り飛ばそうと考えているからだ。
餌代もかさむし、本来面倒を見るべき学生達も面倒をみない、ワラ自身も人は襲うは唾かけるはで凶暴だし、(ちなみに世話しているのは俺です)

そんなワラだが売ればいい現金収入になるのだ。
とこのこの話は噂として流れているのだ。


ほんとかどうか分からいが、水が出なきゃどうにもならん
と言う事で最近自分は農業者というより大工さんになってきている。

ハウスの破損場所を直したり、農業用具作ったり、色んな物を作っている。
気休めかもしれないが、いざ水が出た時直ぐに農業が始められるよう完璧しとこうとおもうのだった。

しかし、何時になったら農業者に戻れるのだろう。

ボリビア人って - 2010.10.11 Mon

ボリビア人にはセクハラという言葉は存在しないような気がする。
女の人とでお腹が出ているとする。
その人に向かって男の人が、彼女は肉がいっぱい付いてるだろうってお腹を突くのだ。

それも、40代ぐらいの男性が20代ぐらいの女性に向かって、
日本でそんな事をやったら大事であると、見てるこっちが冷や冷やする。


ボリビア人って、チビとデブととか結構人にいう。
いい大人の人と達までもだ。
また、私はデブなのと自分から言い、お腹のお肉を揺らして見たりする。
日本の女性に体重の事を質問するのはタブーだが、彼女らは決して気にしていないようだ。
ある意味それも含めて自分というものを認めているようだ。


ボリビア人ってすぐ、恋愛か下ネタの話をする。
高央は誰がタイプか、あいつと付きってしまえよとか、挙句の果てには人差指で目を猫の目ようにさせて、あいつこんな目の奴が欲しいって言ってるよとか言ってくる。
東洋人は目が細いから、よくその事を言われるが、失礼きまわりない。


ボリビア人は(内の同僚だけかもしれないが)人に動物の名前を付ける。
だから内の職場には、サルや子羊、ライオンに成りきれないプーマやリャマなどがいる。
(いずれ同僚についてはブログでアップしよう)
しかも、いい年して、子供のようにふざけている時もあるので、その時は職場は動物園と化す。


ボリビア人って案外子供だなと思う事が一緒に暮らしていて感じていたのだが、最近はそんな彼らと同じになってきてるがするのである。

これって同化かなそれとも順応かな

正義の制裁 - 2010.10.03 Sun

シタシタと雨が降っている、女は暴れに暴れ、男の胸と腕に鋭い引っ掻き傷を残した。
しかし、精魂つきた女は男に犯され、8人目の犠牲者となったのだった。
彼女は翌朝村人達に発見されたが、間もなく息を引き取った。

また被害者がでた、そのニュースはネットを伝って広がる早さよりも早く村中に広がったのであった。

その知らせを聞いた親族は悲しみ狂い、村人達の間にも暗い空気が漂っていた。
これで8人目、連続婦女暴行殺人事件である。
襲われた女の人達は皆殺されている。犯人がばれない為に殺してしまっているからだ。
だから、犯人を捕まえる為に村人全員躍起になっているが、被害者が全員殺されていて手がかりがつかめないでいるのだった。


そんな中今回の被害者だけは発見された時、まだ命があったのだ。
彼女は今にも消えそうな命の中、自分を襲った犯人の手掛かりを話してくれたのだった。

「き、傷がある、胸と腕に、、、、」

彼女はその事を告げると、眠るように息を引き取ったのだった。



警察と住民総勢で血眼になって犯人を探していた。しかし、何日経っても犯人は見つからず手掛かりすらなく時間だけがたっていったのだった。

荒野の緑がすっかり茶色に変ったころ、警官が一人の不審人物に職種質問をしていた。
警官は持ち物検査のため、男に時計を外させていた。

男は手袋を外して時計を外した時、警官は彼の腕に傷があるのを見たのである。
三本の赤い線が、まだ癒えない状態で残っていた、傷を見つけた警官はその男の服を脱がせて胸の傷も確認したのだった。

その警官はその場でその男を逮捕し、刑務所に送る事になったのだった。

しかし、それに対して住民達は犯人の引き渡しを要求してきたのだ。
8人の犠牲者の親族達、そしてその友人知人達は、犯人の残酷な犯行に対して収まりきれない気持ちが、彼の処分に対しての不満として溢れたのだった。

ボリビアの刑務所は日本の刑務所に比べるとかなり自由な空間なのである。タバコもOK、家族と一緒に住むのもOK、どんな凶悪半も死刑は無く最長の30年の服役で解放されるのだ。

そんな、刑務所暮らしで罪が許されること、そして彼が捕まって住民の前に引出された時、住民に罵声を浴びせさせた事で、彼らの怒りは頂点に達したのだった。

警察は、住民達の剣幕に対し、もし引き渡さなければ暴動でも起きそうな状態だったので彼らの要求を飲んだのであった。

数日後、広場には焼け崩れた十字架が転がっていたのだった。
男は、住民達の怒りの炎に焼かれたのだった。

これは2007年、自分の任地クラワラで起こった本当の出来事である。
最初犯罪者を火で焼き殺しただけを聞いた時はこの現代になんて非人道的な事をするのかと思い、いつも笑顔で挨拶してくれる彼らに対して、こんな人達でも人を簡単に殺せる心があるのかと思うと恐怖心が芽生えた。しかし男が捕まった時、彼が発した暴言の内容を聞いて、被害者の立場になって考えて見た時、そして男の処刑の後、数日間笑顔を絶やして、暮らしていたと知って、少し気持ちが変った。
もし、自分が同じ立場だったら同じ事をしたかもしれない。

このような出来事を現代の法に当てはめてみたら、なんて言われるか分からないが、彼らはこの出来事を正義の制裁と呼んでいる。

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Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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