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2010-11

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芽が~ - 2010.11.30 Tue

早く芽よ出ろ、野菜の種、出ないと目玉をちょん切るぞ
と心の中で、毎日歌っている。

種を播いてから芽が出るまでの待ちどうしこと、しかも、このクラワラで日本の野菜の種がうまく発芽するのか分からない状態では、不安が募る一方である。

そんな野菜の種達が発芽した。
小松菜、ミズ菜、キュウリ、キャベツと順調に発芽しているではないか。
毎日、小川の水を汲んで、水をあげただけはある。

*しかし、未だにネギとケニュア(ボリビアの木の名前)は発芽していない。


野菜達の発芽を見ると、とても安堵する。
発芽さえしてしまえば、こちらのものだからである。
数か月後には、ボリビアでは食べれない野菜を食べられる喜びが、発芽の喜びと共に胸の中に広がっていたのだった。

そんなあくる日、昼間っから、強い風が吹いていた。
風が吹くと、さすが高地の村、体感温度が一気に寒くなるのだが、大屋兼、農家のカリクストが変な事を言い始めたのだ。

「高央、今日は野菜に水をあげたほうがいいぞ」

しかし、時刻はもう夕方の5時を回ろうとしていた。
こんな遅くに水あげたら、野菜が徒長するよと思って、理由も聞かずに適当に返事をしただけだったのだ。
*「徒長」
  野菜の葉と葉の間の茎が異様に伸びてしまうこと。
徒長になると、野菜が弱くなってしまう。ちなみに徒長の原因は、水のあげ過ぎ、日の光が弱いなどがある。なので、夕方に水をあげると、日の弱い時間に成長してしまうため、徒長の原因の一つになる。その現象使って作られていいるのがもやしである。


その日は、肉体労働激しく、直ぐに床についたのだったが、夜中にふと目がさめたのだった。なぜなら、布団をはいでいたからだ、自分の体の上には毛布一枚、急いで落ちた布団を手繰り寄せて、再び眠りについた。

しかし、最近は毛布一枚になっても寒さを感じずに寝ていられたのに、今日に限ってなぜだろうと眠気真眼で考えたのだが、睡魔には叶わず、直ぐに眠りについたのであった。
(なぜが知らないが、昔から寝ていると体温があがるみたいで、布団を剥ぐくせがあるよだ。だからあんなに寒かったクラワラの冬でも一度も湯たんぽを使った事がないのである。便利な体である。しかし、この時点では気付かなかった、ある事に、、、)


チビ(ひよこ)とバルト(犬)の鳴き声で、目が覚めると、既に日が昇っていた。
歯磨きをしながらトイレに向かおうと外にでると、いつもと違うものを感じた。
やたらと寒いのである。

何で今日はこんなに寒いのだろうと、ぼんやりした頭で考えていた時、固い洗濯物が体に触れたのであった。

ヒンヤリトした洗濯物、よく見れば凍っていたのである。
未だに眠りか覚めきっていな頭が、いきなり回転し始めたのだ。

防寒をすまして、自転車で急いで畑まで行ってみると、可愛い野菜の子供達がみるも無残に死んでいたのであった。

原因は凍死である。
おお、おおお、おおおお、言葉にならないうめき声が畑に響いた。
そしてこの時悟ったのである、カリクストはこのことを伝えたかったのであると。
*後で確認したのだが、昼間っから風が強く吹く日は、夜の温度が氷点下に下がるのだと。
 そして、野菜が凍らないために水をまくのである。ちなみになぜ、水を播くのかというと、夜のうちに水を吸った野菜は、いつもより水分量が多くなるのである。水分の量が多ければより凍りにくくなるのだ。

もっとしっかり話を聞いておけばよかったと後悔の念が湧いてきたが、幸いにも、全滅は防げた。

なぜなら、土の乾燥を防ぐためのワラを敷いていたからである。
しかし、今回の件で地元農家の知識の凄さを知った。
また、この地の気候を知らなくして、農業はできないのだと身に染みて感じたのだった。
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結婚式 - 2010.11.27 Sat

先日、大屋さんのカリクストの娘が結婚式を挙げた。
そのビデオがあるということで、皆でワティアを食べた後、そのビデオを鑑賞したのであった。

ここで、ボリビアと日本の結婚式の違いを紹介しよう。
まず、結婚式の費用であるが、これにはパドリーノの呼ばれる人達が払うのだ。
パドリーノとは友達や同僚で、彼らが新郎達の代わりに代金を払う、その代わりに、そのパドリーノ達が結婚する時は新郎新婦が今度は払うというシステムなのだそうだ。

しかも面白いのが、パドリーノ達にはお酒担当、ご飯担当などの担当が決まっている。
(親や本人達が払う事もあるらしいが、一般的にはパドリーノ達が払うようだ)

次に違うのが、引き出物が無い
その逆で、参加者からプレゼントを貰うのである。

お金は貰わないが、何人からの有志から、札束をスーツのに貼り付けるという文化があるそうだ。

そして、結婚式の式は日本と同じ様に一日なのだが、その後のパーティーが二日もあるのである。

そのほとんどが、踊りであるのだが、その時の踊りでは必ずワルツを踊るらのだそうだ。

そんなDVDを何時間も見せられた。
一日一枚、それが三枚ある。
ちゃんとした企業がDVDを作っているにもかかわらず編集もくそもあったものではなかった。
一枚3時間の結婚式ビデオを見せられて、ボリビアの結婚式を学んだのであった。

アヘドレス(チェス) - 2010.11.21 Sun

前から覚えてみたいなと思っていたチェス。
でもどこの売っているのかわからず、長い間買えないでいたのだ。

先日、農業用品をラパスに買いに行った時、いつもとは違う道を通って帰ろうとしたのだが、知らぬ間にサガルナガに着いていたのだ。(サガルナガとは、ボリビアのお土産通りで有名)

久々に来たサガルナガで、ポストカードを買おと思って店内に入ってみると、前から欲しかったチェスがあるではないか、しかもお土産としてのチェスなのでとても可愛い。

P1010939.jpg

スペイン軍とインカ軍

前から欲しかったから、直ぐに買おうと思った。
しかし、あまり手持ちが無かったので、恐る恐る値段を聞いてみると、90Bs(1300円ぐらい)ではないか。

その場で即買いした。


これで今後はこのチェスを使ってルールを覚えつつ、ボリビア人とのコミュニケーションの場として使える。
これからが楽しみだ。

そしてその機会が早くもやってきた。
ボリビア初試合、その相手はサントスの日に集まった、カリクストの孫達であった。

下は7歳、上は12歳の子供達を相手に、俺、インカ軍、子供スペイン軍で勝負が始まった。

ちなみに、チェスの駒の動かし方は、スペイン語の辞書に載っていて、それで覚えたぐらいだから、超初心者である。

しかし、結果といえば、
第一戦目、インカ軍勝利、

二戦目、インカ軍勝利

三戦目、インカ軍勝利

四戦目、インカ軍勝利

五戦目、インカ軍勝利


そう全勝であったのだ。
どれだけ手ごわいのかと思えば、大した事はない、簡単に蹴散らしてやったのだった。
俺ってチェスの才能あり!?
と思いあがる、25歳、成人男性がそこに居たのだった。


しかしながら、子供の世界では強いとか早いとか人より勝る事は注目の的であり、何度も彼らにおねだりされて、チェスを打ちつづけたのだ。

最後には疲れはててゲームから退散、彼らの勝つまでやり続けるという気迫に根負けした形となったのであった。

PS
インカ軍は、ナイトがリャマなのである。
ワラの色に似ている。
P1010942.jpg

サントスの日 - 2010.11.18 Thu

11月2日はサントスの日という祝日である。
なんの祝日かというと、日本でいうお盆にあたるのだ。

その日は家族が集まって、お墓にお参りに行く日なのだ。

そうなると、クラワラの人口がいっきに増える。
なぜなら、都市部に住むクラワラ出身の人達が里帰りをするからだ。

そして、大屋のカリクストの息子達も例外にもれず彼の家に戻ってきたのである。
その数、総勢19人

さすがボリビア、一族の人数が違うなと思って、家族多いねというと言うと、これはまだ半分だと言われた。

一体カリクスファミリーは何人いるのだろうかと疑問に思いその家系図を聞く事にした。
カリクスト夫婦、2名
娘息子夫婦、14名(内一人未婚、一人不慮の事故で無くなっている)
孫、20名

多いな、総勢36名とは、内の2倍以上の多さである。
そんな家族の多さにあっけに取られながら、その家族の中に入れてもられた。

一緒に遊び(blogアヘドレスで紹介)
ビデオを見たり(blog結婚式で紹介)
アルパカの肉のワティアを食べたり(以前のblog ワティアを参照)
家族と過ごす安らぎのあるひと時を味わう事ができたのであった。

この写真はその時、カリクストの奥さん、フローラが焼いくれたリャマ型のパンである。
なんでリャマ型パンを焼いてくれたのか分からないが、ワラのように見えたのでワラの事を強く思いながら頭から食べたのだ。
P1010894.jpg



サントスの日は、カリクスト一家と行動を共にしていたので、昼ご飯の後墓地に連れていかれたのであった。

しかし、お墓に行って疑問に思う事があった。
墓場にはゴミが凄い落ちている、雑草は生え放題、」その上、人のお墓に足を乗っけるという悪行三昧だ。

彼れらには死者を尊ぶという感覚がないのだろうか、日本人の自分としてはありえない光景であった。

しかし、カリクスト一家が、お墓にお花を添え、蝋燭に火を灯し、彼らの冥福を祈っている姿はまぎれも無く僕らと同じであった。

そして、目を滲ませている彼らの姿を見ていると、自分もある人達の事を思い出していた。
祖父と若くして無くなった2人の友人達である。
自然と自分の目は空に向いて合掌をしていたのであった。

水が出ない3 - 2010.11.15 Mon

水が出ない事により、毎日40ℓ以上の水を運んでいる。
水でこんなに苦労するとは思わなかった、既に水が出なくなって4カ月がたとうとしている。


何時になったら野菜栽培ができるのだろうと、不安になってきている。
そんな時、ある救世主が現れた。

それは大家のカリクストだ。
毎日、毎日、水を運んでいる俺を不憫に思ったのか、自分の畑の一部を貸してくれると言ってくれるではないか。

とてもありがたい、ほんとにありがたい、農業がしたくてたまらなかった自分にとって絶好の機会を得たのであった。
これでやっと大工から農業者に戻れる。

彼にかりた畑の大きさは、10m×10mの1aである。
あまり大きくは無いが、他の仕事もあると考えれば十分な大きさだ。
P1010944.jpg


そこで、栽培する野菜はというと、
ニンジン、大根、小松菜、レタス、ネギである。
自分の食べたい野菜ばかりであり、うまくできたら、ボリビア人に紹介しようと思っている。

しかし、ここでも水問題が発生。
ここの地域は年間200mlという、ほとんど雨の降らない地域なのである。
降る時期は、大家曰く12月、1月、2月だそうで、後に時期はほとんど降らない。

確かに、9月、10月に一回づつ雨が降ったきり最近はほとんど雨は降っていない。
(雪が降ったが)

これはまた水汲みで大変な事になりそうだ。
しかし、大家さんは面白い方法で冠水をしていた。
写真を見てもらうと分かると思うのだが、畑の周りには溝が掘ってある。
これはここが水の通り道であるからだ。

いちをクラワラにも小川はいくつかある。
その小川から水を引いて流し込むというものなのである。

水道管が無いなりに工夫した冠水方法であると感心した。
しかし、その冠水は週に2回しか行わないのである。

ここの直射日光は強い、直ぐに土は乾いてしまうのだ。それもカラカラに、これでは発芽するものも発芽しない、これは毎日冠しなければならいのである。

自分だけでは水を引く事ができないので、やっぱり毎日の水あげが始まった。
(水を引く時はカリクストと一緒でなければならない)

畑の近くに小川があるので、バケツで水を汲む、野菜に播く、乾燥を防ぐために、敷きワラの代用品を丘の上まで刈りに行く。
ワラの為の水あげと相まって、水にまた苦労させられてしまう結果になったが、やっと野菜栽培ができたことは何よりも嬉しかったのであった。

今から発芽が楽しみである。

マルカマルカ2 - 2010.11.12 Fri

そこら中荒れた荒野、その中を歩いていると、自然の雄大さを感じ、なかなかできない経験をできてるこの幸せをしみじみと感じることができる。

だが、俺は今幸せの真っただ中居るんだなと考えて耽って入られたのも1時間ぐらいので話で、焼きつける太陽に喉は枯れ、歩き疲れて右足の古傷が痛みだしたのであった。


前回、初めての農業指導をしたマルカマルカにやって来た。
種を播いた野菜達がどうなっているか見にきたのだ。

あれから三週間、どうなっているかなと見ると、あまり良い状況とはいえない状態の
野菜達がそこの横たわっていた。

徒長が著しいチンゲンサイ、鳥に種を食べつくされたホウレンソウ。
徒長したチンゲンサイを指差して、「bien no?」(良いでしょ?)と語りかけてくるボリビア人

言葉が出なかった、というか、この場合スペイン語で何て言ったらよいかが分からなかった。

原因は彼らの水のあげ方にあった。
バケツに水を汲んでそのまま流しこむ、そしてその量が多いこと、しかし、彼らがそのように水をあげるのは仕方ないことなのだと思った。

蛇口はなく、ホースもシャワーも無い。
あるのは井戸とバケツだけである、そうなれば誰だってそういう水のあげ方になってしまうだろう。

これは、いかん何とかしなくてはいけないのである。
ちなみに自分の関与してない他の野菜も全部徒長しているではないか、原因は水のやり過ぎと密植である。
その事について今後は教えて行かなければいけないことが新たな目標となったのであった。
ある意味教えがいがあるので、やる気も上がってきたのであった。

ちなみにこの写真が彼らのハウスである、小さいが自給自足のためなら十分な広さであろう。
P1010863.jpg



そして、話はその帰り道の事である。
行きは町から途中までバスが出ている、片道車で20分、その後下車して徒歩で1時間という工程であるのだが、その帰り道にはちょっと過酷になる。

マルカマルカ発のバスがないので、来た道を一時間また歩いて行き、バスが通っている大通りまで出なくてはいけない。

だが、大通りに出たからといって簡単にバスが捕まる訳ではないのだ。

そこで待っているうちに日が暮れてはまずい、日中は春よりも暖かいが、日が沈むと急に寒くなり、真冬の寒さに変る。
それまでに帰らなくは凍え死んでしまうという恐怖から、町に向かって歩いて行く事にした。

そして、歩き始めたオレ。
荒野の中を歩くのは、とても気持ちが良かった。
しかし、いくら丘を越えても辿りつかない。

もう何時間歩いたのだろう、全く着く気配がしない。
車で20分だから、3時間ぐらいで着けると思ったのが馬鹿であった。

そこで、自分の今の状況に危機感を感じた時、自分の持っている食糧を確認したのだ。
その時の食糧は、コーラ半分に飴玉2個

幸いなるか、たまたま買った飴が二個ある、飲み物もある。
水分とエネルギーになる糖分があれば、どうにか帰れるのではと感じた。

しかし、日はもう暮れそうだ。おまけに古傷が痛み始めているときたもんだ。
だが、進まなければ凍えてしまうとい恐怖から、歩みを止める事はできずに一歩一歩前に進んで行ったのだ。
進む中で考えた、帰ったら今日はご馳走のフライドチキンを食べよう、コーラも付けよう、いや、フライドチキン二つにしようと。
返ってからの自分を励ます為に、色々なご褒美を考えながら歩いた。
だけど、足に限界が近付いている、どうも高校生の時にやってしまった古傷が部鋭く痛みとうとう歩行困難になってしまったのだ。

万事休す、歩けなくなった自分は、道路の横に三角座りをして小さくまとまってしまったのであった。

そこで、最後の手段に講じる事にしたのだ。

そうヒッチハイクだ。


意外と大型バスの交通が多く、運が良ければ乗っけて貰えるかもしれない。
しかし、ちょっと怖さもあった、乗っけてくれた人が悪い人で、どこかに連れていかれたらどうしようと少し躊躇もしたが、背に腹は変えられぬ。
生きるか死ぬか時は進んで自分から生きる為に何かをしなければいけないのだ。
とにかく犯罪よりも寒さの方が怖かったので、意を決して、人さし指を挙げたのだった。


その時一台のバンが現れた。

止まった

これぞ天の恵み。
着かれているはずの足は軽やかな足取りでバンに近づく。
そしてそれが、いつものクラワラ行きのバスである事に気付いた時、犯罪の恐れもないという事に二重の安堵をしたのであった。


その帰りのバンの中、絶対次は自転車を持って行こうと誓ったのであった。

侵入者 - 2010.11.09 Tue

朝目覚めると、小鳥の声が聞こえる。
なんと清々しい朝であろう。

朝からカラスの声や車の音で朝の目覚めを不快なものにされない、田舎ならではの特権である。

いつものように、朝のひんやりした空気を入れ、コーヒーを入れ、パンをかじっていると
鳥の鳴き声がいつもよりうるさい事に気づく。

ピヨピヨ、ピヨピヨやけに騒がしいと思って外に出てみると、そこには鶏の雛がいるではないか。
P1010937.jpg


いつも動物に苛められてばかりいる俺だが、その愛らしさにちょっと胸がキュンとした。
あまりの可愛らしさに勝手に名前を付けてやった。

その名も「チビ」
そのまんまやんと思うかもしれないが、自分にとってはぴったりの名前あると思っている。

そんなチビ、自分が扉を開けてご飯を食べていると、勝手に部屋に入ってくる。
「部屋汚したら、食うぞと」独り言を言いながら犬のバルトのように追い出していたのだが、そのうち追い出さなくなってきたのだ。

なぜなら、床に落ちた食べ物カスを食べて掃除してくれるからだ。
絨毯のゴミはどうしても取りきれなく困っていた所なので丁度いいお掃除屋さんである。

そして、またもっと可愛いのが、俺が扉を開けてギターを弾いてると、扉の前でちょこんと座ってギターの音色を聞いているではないか、その後ろ姿がめっちゃ可愛い。
以前ハウスで歌った時は、ワラが猛り狂って暴れたのに対して、チビはどうだろう、芸術センスの分かる奴だ。

ちなみに、この鶏は大家さんの息子がプレゼントとして持ってきたそうな、突然やって来たチビ、動物に病める俺に、最近は癒しを与えてくれる。

PS
癒しの反対、日々俺にストレスを与えるワラの最近の写真
P1010892.jpg

種播く人々 - 2010.11.08 Mon

十月末はジャガイモの種まきの時期である。

同僚のジャガイモの種播きに誘われてジャガイモの原産地での種イモ播きをしてきたのだ。
50アールぐらいありそうな畑に彼らの一族が集まって皆で種播きが始まった。

総勢10人で役割分担を分けて作業を行ったのだが、自分が担当したのは、ワノを播く役割だ。ワノとは家畜糞の肥料の事である。

そのワノはリャマの糞であり、堆肥化も何もしてないただ乾いただけの糞であり、そんなに臭くはないのだが、地味に体中に臭いがついたのであった。

さて、どのような連携で作業したかというと

女性人が溝に種イモを播き、その後に俺とボリビアのおっちゃんが、ワノを播くのだ。
その後に残った男性陣で、種イモの土をかぶせるという単純な作業である。
P1010829.jpg


流石、熟練の農業者達、3時間余りで全ての種まきを終えてしまったのだ。
こちらはというと、長い間、農作業から離れていた事もあってクタクタだであった。
しかし、以前ジャガイモ収穫をした時に比べると、意外と動けたことが嬉しかった、多少この高地の環境に慣れてきた証であろう。


種まきをしている時、思った事がある。
いつもは見慣れてるチョリータだが、彼女達が民族衣装のまま作業をしているのを見ると、インカの時代もこの様に農作業をしていたんだなと、その情景が浮かんできた。
P1010830.jpg


歴史を感じるこの農作業に自分はここに来れてよかったなと思える瞬間であった。

とここで、ジャガイモについてちょっと紹介
今回播いたジャガイモは二種類ある。
一つ目はヤリというジャガイモである。これは少し甘いらしく、調理としては焼いて食べたりする。
P1010825.jpg

二つ目はルキといジャガイモである。
これは苦味があるので、高地の伝統保存食、チューニョ使われる。
P1010826.jpg


最後に、彼らと撮った記念撮影が結構お気に入りなので載っけておきます。
P1010834.jpg

生ゴミ集め - 2010.11.05 Fri

最近は休日も仕事をしている。

なぜなら、生ごみを集めるためだ。
クラワラでは月に二回フェリア(市場の事)が開かれるのだが、その時に今、手から喉が出るほど欲しい生ゴミが沢山出るのだ。

沢山といっても、一輪車二台ぶんだが。

任地に派遣されてからというもの、先輩隊員がコンポストをやりたいと言っていたので、その計画に便乗して、コンポスト作りをしようとしはじめたのだ。

しかし、いざやろうと生ごみ集めし始めると、問題が出てきた。
生ごみは大体の家庭がブタの餌にやっているのだ。

任地ではブタをあまり見なかったからまさかブタの餌にしてるとは思わず、出だしからずっこける羽目になったのである。

その事をある同僚に相談した所、彼がアイデアをくれた。
毎回フェリアでは沢山の生ゴミが出ると、それを集めてみたらどうだと。

任期にを考えると、そんなに時間はない、早く生ごみ堆肥作りをしたいと考えたので、すぐにその案に乗った。
ゴミ収集車のように、生ゴミを集める日本人はさぞ、ボリビア人から見て滑稽であったのだろう。ゴミを集める度に、彼らの質問される。

「何してるチノ」
「俺は中国人ではない、日本人だ、肥料を作る為に集めてるんだ。」
「そうか、それは良いことだ」

という会話を続けながら生ごみを集めているのである。

そんな中、ある異変に気付き始めた。
他に、一輪車を持った子供達が、生ごみを集めているではないか、
しかも五人ぐらいで。
どんどん、生ゴミが彼らの一輪車に積まれているのを横目で見ながら、我らも負けじと生ごみをせっせと集める。
そのうち彼らも我られに気付いて、近寄ってきた。

「おいチノ、何をしてるんだ。」
「俺は中国人じゃないよ、日本人だよ、肥料を作る為に集めてるんだよ」
「肥料???????」
口をぽかんと空けて、この外人何言ってんだという目で事らを見てくる。
多分、肥料をしらないのだろうと思って、肥料の説明をしてやる。
「肥料は野菜の食べ物だよ」
「そうか、わかった」
集団の年長者が理解してくれて仲間達、多分兄弟達に説明してやっている。
その間に、自分も疑問をぶつけてみる。
「おいアミーゴ、何で生ごみを集めているんだ」
「羊の餌だ」
よく見れば、彼らの集めている生ごみは、どれも羊の餌になりそうなものであった。

計算外であった、ブタの次は羊に生ごみを取られるなんて。
どしてこうも俺の活動は動物に邪魔されるのかと、一瞬恨みたくなったのであった。

その後は、お互いに口をきかず、黙々と生ごみを集めたのだが、彼らの出現によって、いつもより少ない生ごみしか得られなかったのであった。

手ごわいライバル出現、今後の生ごみ集めはどうなって行くのやら。

めちゃくちゃ - 2010.11.02 Tue

旅行で一週間以上任地を空けていたので久々に帰って来たクラワラ少し新鮮を感じた。
そして帰ってまず最初に向かった場所はハウスである。

なぜなら、ワラとインティが心配であったからだ。
自分以外は全然ワラとインティの世話をしないボリビア人、自分は一週間以上空けるから世話を頼んでいたが、なにしろボリビア人あまり信用できない。

もしかしたら死んでいないかと少し心配になったのであった。
(ワラは相変わらず嫌いだが、空腹で苦しんでいるのは可愛そうなので、この時は心配していた、S波さんのご家族の方、決して私は悪い人間ではありませんよ)


だが、予想は外れた、餌も水もしっかり与えられていて元気満々、インティーも少し大きくなっていた。
そして、ワラは俺の帰りを喜んだのか、それともイライラしていたのか、多分後者だが、柵を壊して、蹄落としを喰らわした後、ハウス内に侵入。

久々の攻撃を喰らってうろたえていううちに、ハウス内いがめちゃくちゃされていった。
作りかけの窓は壊すし、人がせっかく集めた生ごみを食いたいだけ食う。
挙句の果てにはハウスで糞をする。
数日間の仕事が無に帰した瞬間であった。

そして、なすすべの無い小さな人間は、本気でワラをぶん殴る決意を固めたのであった。


PS
ワラはリャマとは違いグアナコといリャマ科の一種です。
グワナコは気性が荒く、人間が家畜化できなかった種類だそうです。

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Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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