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2011-03

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うつりゆく日々 - 2011.03.29 Tue

先輩のお見送りのためにサンタまで行って来た。
寂さを胸にクラワラに帰ってきたのだが、ほんの数日間でクラワラの町の様子が少し変わっていた。

そう、出稼ぎや旅行に行っていた子供達が帰ってきたのだ。
12月から学校が休みで、子供という子供やその親達も居なくなっていたから、久々に町に活気が戻ってきたのだった。

そして新たに2件新しいお店がオープンしてるではないか!!
一つはチキン専門店、もう一つはチャルケカン専門店

なんという幸運か、無くなってしまったと思っていたチャルケカンが復活(料理人が変り味は落ちたが)そして常時やっているチキン屋が新たにできてこれもまたありがたい。
これでいつでも好きな時にチキンが食べられる。

すこし落ち込んでいた心に、美味しい食べ物が食べられると思うと、元気が湧いてきたのであった。

そして自分の心の中も少し変化が現れ始めたのだ。
そう2年間の終わりを意識しはじめたのだ。

気づけばもう残り9カ月
まだまだ残りは長いと思っていたのに、もう残りこれだけと感じ始めたのである。

このクラワラに住んでいて、沢山の友達がきた、町を歩いてれば誰かしら知り合いや、知らない人からも名前を呼ばれるようになった。

そして最近「中国人」と呼ばれる事がなくなってきたのだ、そう日本人と呼んでくれる。
今までことあるごとに、おれは「中国人」じゃないと言ってきたからだろうか。
結構嬉しいのである。

だが、残りが少ないと思うと、なんとも言えない気持ちが湧いてくる。
ここを去る事を考えると寂しい
活動が折角軌道に乗ってきたのに、これからは終わりを考えた活動をしていかないといけないのかと考えるともっと期間が欲しいと思う。
いままで日本に帰りたいなとよく考えていたのに、それもあまり無くなってくる。

これも、帰国を意識し始めたからだろうか。

よくは分からないが、今の自分の心は、先輩が去る前の気持ちとは変っているのであった。

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1/2532人 - 2011.03.26 Sat

後輩君達が来てくれて、楽しい日々を送る事ができた。
しかし、そんな楽しい日々もあっという間に過ぎてしまい、三月も中旬にさしあったところである。

そう、とうとうこの日が来てしまったのだ。
先輩隊員がクラワラを発つ日が、、、

そして、クラワラでただ一人の日本人になってしまうのだ。


いずれはこの日が来ると分かっていたが、まだまだ先の話しだと思っていたから、先輩が去った次の日は自分にとっていつもと変わらない朝を迎えたのであった。

朝食を済ませて後、いつもの様に農作業に取り掛かったが、ふと寂しさを感じた。
いつもは二人で水あげをしていたのに、今日は俺しか居ない。
ワラに唾をかけられ、怒ってみても誰のリアクションも無い。

これが、先輩が居なくなるってことかなと思うと、急に農作業に集中できなくなってしまった。

ボケーと空を見上げながら、クラワラでの先輩との思い出にふけっていた。

過ぎて見れば早いものだが、1年と2カ月も一緒に活動をし、生活をしてきたのだ。
色んな事があったなと、思い返すと頬が少し緩んでくる。

辛かった事もあったが、面白かった事が沢山あったからだ。
そんな先輩はもい居ない。

やっぱり寂しい。
だけど、悲しんでばかりは居られないよなと、再び農作業に戻ったのであった。


桝山さん    お世話になりました。



(題名の1/2532はクラワラの人口分の日本人)

クラワラ実習 - 2011.03.22 Tue

後輩君達は今回ボリビアには農業実習が目的でやってきたのだ。

「ボリビアの高地の農業を知りたい」
大学一年生にして、志の高い事である。

と言う事で、ビシバシこき使う事にした。
ミミズ堆肥用の箱を作ったりクイ用の土台作ったりと色々な事をやってもらった。
お陰で、俺一人だったら、一週間はかかるであろう作業を三日で終わらせる事ができたのだ。

二人には感謝である。

そして多分、高地での農業の大変さを十分に分かってくれただろう。
何をするにも空気が足りないと、、、、

彼らは20日から26日まで僕の任地にいたのだが、ボリビア人との交流もしたのである。

まずは軍隊の農場見学
クラワラ

迷彩を着てないのは友達のディック
快く僕らに農場の紹介をしてくれた。

そして、約標高4000mでフットサル
僕ら日本人チームは息切れで死にそうになったがどうにか同点でゲームを終えられた。

最後はサッカーしたボリビア人と飲み会
クラワラ2

彼らは大学の専門家でいつも仲良くしてくれる。


彼らが来てくれた事により、農作業は進み、僕自身もボリビア人と楽しい一時を過ごす事ができたのであった。

スマイルパート3 - 2011.03.19 Sat

とうとう、スペイン語に翻訳したスマイルを歌う時が来た。

場所はマルカマルカの学校である。
練習は一生懸命やってきたので、歌もギターもばっちりである。

そして、あの雨季で悪い道を通ってやっと着いた学校には5人しか子供達がいなかった。
しかも3歳から5歳ぐらいの子達。


なぜなら、いちよ学校は始まっているのだが、カルナバルというお祭りが終わるまで全員村に帰ってこないのだ。


いつもなら15人ぐらいいるのに、、、
でも人数はかんけいないよね、農業の指導をした後に彼らに歌を披露したのであった。


曲数は3曲
一曲目はスペインの曲「La bamba」
二曲目はスマイル(スペイン語バージョン)
三曲目は世界に一つだけの花(先輩隊員が翻訳したやつ)


そして、今は二人の後輩君が来てくれている。彼らも三日間で慣れないスペイン語の歌を練習してくれて、三人で歌ったのだった。

ジャァーン(コードA)
このコードから歌い始めるのだが、この音が鳴ると自然と気持ちが高ぶってきたのだ。

部屋にはウグイスの囀るような声が鳴り響く




ようにはいかないが、、、

皆の顔を見ながら歌える余裕があり、歌詞の意味を込めてギターの和音に乗せて
歌いきったのであった。
スマイル


反応はというと、この曲よりも、la bambaというメキシコの曲の方が人気であった。だけど、先生の一人がぼそっと言ったbonitoという言葉が非常に嬉しかった。




今回が初のスマイルお披露目、今後もっと沢山のボリビア人の前で歌っていけたらと思う。

MARCA MARCA パート3(マルカマルカへの道) - 2011.03.16 Wed

以前blog で書いたが、農業指導の為にクラワラの町から車で30分行った所に農業指導にいっている。
確か、初めて行ったのが9月だったからあれから5カ月もたっているのだ。
最初の頃は、車と歩きでMARCA MARCAまで行っていて、帰りに死にそうな思いもしたが(blog MARCA MARCA2 参照)今ではその村出身のドライバーを見つけて、送り迎えをしてもらうようになったのだ。


車があるととても便利、往復1時間、村での活動は2時間、計3時間でクラワラに戻ってこれるのだ。前までは移動でほぼ一日かかっていたのが嘘のようだ。


そして今回も快適な旅になるはずだったのだが、ここはボリビアそうはうまくいかなかった。


第一の問題はボリビア人である。当初は昼過ぎに出る予定だったのだが、ドライバーの都合で変更

したにも関わらず、ちょっと待ってくれと言われて1時間待つ羽目に、帰りは帰りで、同じく1時間待ったのだ。

理由はこうだ。
マルカマルカに行く時に、もう一人その出身の村人が同乗したのだが、彼の用事を済ませていたからなのだ。

おいおい、お金払って車をお願いしたのはこっちだぞと言いたくなるがこれは仕方がない事なのかもしれない。

村という小さな単位の人間関係は非常に重要になってくる。
その同村の人のお願いとなれば、ドライバーもむやみに断れないし、自分が困った時は逆に助けてくれる。その助け合いの精神があるからこそ、それを無視してこちらの都合だけでいくらお金を払っているとはいえ強くはいえないのだ。

まぁ、そんなこんなでどうにかクラワラから出発したのだが、次の問題は雨だ。

マルカマルカまで行く道は途中から未舗装の道となるのだが、この雨季の季節で道がより一層悪くなるのだ。進んでは止まって道を舗装、また進んでは止まってを繰り返して、いつもより2倍の時間をかけてどうにか到着したのであった。
IMGP0171.jpg


だから、今回のマルカマルカへ行くまで、長い時間をかけてというか待っていたので、その時間を利用していくつか村の写真っていた。

景色はとても美しい。
毎回ここに来るたびに思うのだが、ボランティア活動に来て良かったと何度も思わせてくれる。
DSCN0491.jpg

村は特に中心地というものはなくて、あちらこちらに家が点在している。
ie

今は夏なので緑がたくさんあり、自然の美しさを感じる。
IMGP0176.jpg


景色一つで感動させてくれる、そんな生活を送れる今はとても幸せであるのだろう。

日本からのお土産 - 2011.03.14 Mon

日本の裏まで来てくれた後輩君、彼はとてもありがたい物を持って来てくれた。

直角定規、キリ、干しシイタケ、おせんべい、髭そり、水鉄砲こちらでは手に入らなくて、どうしても欲しい物を持って来てくれたのだ。

本当に助かる、特にキリと水鉄砲である。

キリはハウスの窓を作る時、どうしても金具を付ける場所が固くてねじがうまく入らないでいたのだが、このキリで穴を大きくしてあげられる。
DSCN0497.jpg


水鉄砲は、この壊れたハウスの窓を作る時に使えるのだ。いつも窓を直しているとワラが(窓を壊した張本人)邪魔をしてくるのだ。唾の威嚇、酷い時には思いっきり蹴られた事もあったけ。


その時いつも思うのが、小型の水鉄砲があれば、いつでも所持できて、追っ払う事ができるのにと思っていた。
それを後輩が持って来てくれたのだ。ありがたいやありがたや。
早速試してみたが効果抜群であった。
DSCN0424.jpg



そんなありがたい日本からのお土産の数々、だがその中にとてもありがたく無い物が入っていたのだ。
それは漫画のワンピース、60刊目の単行本である。
ちなみに俺が日本で最後に見た刊は58刊、そう2刊分も飛んでいるのである。

たかが漫画じゃんと思われる方がおられると思うが、漫画で唯一、買い集めてるほど大好きなのである。

ワンピース好きの人にはわかると思うが、知らない内容を話されたり、ましてや飛ばしてその漫画を見るのは豪語同断なのである。
日本に帰った時に、いなかった分を一気に読むという事を一つの楽しみにしていたのに、ここで読めるはずがないではないか。
それを、、、、

あれば読んでしまうではないか、善意に見せかけた悪意である。
いっそ燃やしてしまおうかと思うぐらいであるが、手はページを開きそうにしているのであった。

日本からの訪問者 - 2011.03.12 Sat

2年前、沖縄の宮古島で農業の実習をしていた時、ある後輩がこんな事を言ってた。

後輩「佐藤さんがボリビアにいる間に絶対ボリビアにいきますよ」

彼は今は農大の学生で国際協力、ボランティア活動に凄い興味を持っていて、志の高い子であるのだが、いかんせん口約束

ほんとに日本の裏側まで来るとはその時は思っていなかった。


そして彼と別れてから1年半、その後輩が本当にここボリビアに来てくれたのであった。


正直言って、わざわざ僕を尋ねてホントにボリビアに来てくれたのは嬉しい。
積もる話もあってこれから彼らと過ごす日々は凄い楽しみだ。

ボリビアにきてくれたのが彼ら二人、ぴちぴちの大学一年生だ
後輩

左が宮古島で一緒だった後輩
右は今回初対面となる後輩の友達なのだが、この日本の裏側で出逢えた事は何かしらの縁を感じますね。


しかし、折角来てくれたのだが一つ心配な事がある。彼らは高山病は大丈夫だろうか。
人によって全然症状は違うが酷い場合いには直ぐに低い場所に下がらなければ死に至る事もある。

その事が心配でどうしたものかと考えていた時、一つのアイディアが浮かんだ。
マインドコントロールである。

高山病は今でもあまり研究がされていなくてこれといった薬は現在存在しないのであるが、唯一、頭痛薬として「ソルチピル」というものがある。
ただの頭痛薬であるが、ここはマインドコントロールである。
彼らにこれは高山病に効く薬で、飲めば高山病なんて怖くないと言っておいたのだ。
病は気からという、自分も初めて高地に来た時、気の部分で負けてた部分あったからこれは効くのではないかと秘かに思っている。果たして二人の高山病はどうなるか。
できればかからないで貰いたいものだけど、、、、、、、

アラシータ - 2011.03.10 Thu

ボリビアでは、アラシータというお祭りが、1月終わり頃から2月半ば過ぎまである。

どんなお祭りかというと、ミニチュワ版の色んな物が売っているのである。
そう、色んな物というかなんでもある。お金、動物、お酒、家、人などなど。
IMGP0149.jpg

そして、今年欲しいミニチュワを買えばその欲しい物が手に入るというものなのだ。
例えば家畜が欲しい人は牛や豚、リャマなどのミニチュワ
仕事が欲しい人は、スコップや一輪車などの作業用品のミニチュワ
お酒が欲しい人はお酒のミニチュワ

驚いた事にそのミニチュワの種類な豊富な事、ほんと何でもあるのである。

ただし、自分の為に買ってもその願いは叶うわけではなく、誰かにプレゼントして貰わなければ意味がないそうな。


だけど、だれにもプレゼントして貰えない、日本青年は自分で自分の為に梟のミニチュワを買ったのである。
IMGP0183.jpg


梟と聞いて、そんなもの本当に欲しがる人はいるのと疑問に持たれた方が今何人かいられたかもしれないが、これは梟が欲しいのではなくて、他に意味があるのである。

梟には、「知識」という意味があるらしく、将来学者や先生に成りたい人が買うらしい
ちなみに、他の動物にも意味のあるものがいくつかある。
例えば蛙、何で蛙が売ってるのかと思ったら、蛙は幸福を呼ぶらから。
そういえば前に畑に蛙がいた時、同僚が今日はいい事があると言っていたな。

だから、ミニチュワはその欲しい物自体の事だけではなく、物として手に入るものだけではない、職業だったり能力だったりもあるのだ。


ちなみに僕が梟のミニチュワを買ったのは、ただこのアクササリーがいいなと思って買っただけある。意味は後から知ったのであるが、知識、いくら勉強しても知り尽くす事のできない農業という分野にいるいる自分にとってはピッタリの物を手に入れらた気がする。
ただ、人から貰ってないから、叶うわけではないけど。

ちなみに、皆さんは今年一年、何を手に入れたいですか。

スマイル パート2 - 2011.03.07 Mon

前回翻訳した歌詞を秘書のパトリシアに添削してもらった。
間違っていた所は2カ所、意外と少なかった事に喜びである。


歌詞はこれで万全をきした、後は歌の練習である。
この曲、最初の出だしが俺にとって難しいだよね、結構外れてしまう。

ご存じの方は知っていると思うが、私はとても音痴なのです。
どれくらいかと言いますと、
~エピソードⅠ~
中学の合掌コンクールの時、余りの下手さに、指揮者に回された。
そして中学3年間、指揮者を務める。

~エピソードⅡ~
コブクロのYELLを鼻歌で歌っていて、近くにいた姉に、この曲いいでしょと聞いたら、
タカオが歌うからこの曲嫌いになったと残酷に告げられた。
この時、鼻歌も音痴な事に気付いた。

~エピソードⅢ~
散々周りから言いたい放題言われてきたが、少年タカオは決して歌う事を止めなかった。
なぜなら、歌が大好きなのだ。歌うとストレス発散になるし、何よりも楽しい。ギターをやっているのだって、ギターを弾きたいからではなく、歌いたいから弾いているのだ。そんなめげない精神のお陰で巧くはないが、どうにか聞ける程度になったと自分では思っている。


そんなこんなで今は歌の練習中
ちなみにここボリビアではどんなに騒音を出しても怒られる事はない、たとえそれが深夜であっても、自分にとってこの環境は実に素晴らしい。
ただ、大屋のカリクストは俺の歌一体どう思っているのだろう、、、、


まあ、そんな事は気にせず、子供達の笑顔を見る事を夢見て頑張るとするか!

軍人さん - 2011.03.05 Sat

ボリビアに来て初めて軍人という人達に触れた。
戦争物の映画は良く見るのだが、実際に生で見て触れあうのは初めての経験で、彼らに少し偏見というか、恐れというかいうものを抱いている自分がそこにいた。

やっぱり人を殺す事に対してためらいはないのかな、俺の事ちっちゃい東洋のサルとでも思っているのかな、そんな事を思うと(凄い偏見)いつものようにコミュニケーションはとれず、少し彼との距離をおいていたのであった。

しかし、クラワラの司令官とどういう訳か親しい関係になってしまったのだ。
司令官「おい、たかわぁ、今度うちにも種を分けてくれ」
自分「俺の名前はタカオ、いいよそのうち持っていくよ」

しかし内心あんまり関わりたくないないから、忘れたふりをしたが数日後
司令官「おい、たかわぁ、日本人は約束を守るんだろう、種持ってきてくれよ」
自分「俺の名前はタカオ、ごめんごめん、明日持って行くよ」

その翌日
約束通りに彼の事務所に向かった。
彼らのオフィスに入るとい事で少し緊張気味に階段を上って行く、そしてそこには、まるで映画のワンシーンに出てくるようなオフィス、、ではないが、雰囲気が、そのものであった。司令官の周りには沢山の部下がいて一つ一つ指示を出していた、まるで作戦の会議をしているかのように。

そんな彼らのオフィスに足を踏み入れ、司令官を呼び出した。
(日本にいたら司令官を呼び出すなんて普通できないよね、これも外国人ならではの特権か!?)

司令官「おお、たかわぁ、種持ってきてくれたのかありがとう」

流石に三度目、自分の名前を間違えるボリビアの将官に対して少し苛立ちを覚えたが、めげずに訂正

自分「俺の名前はタカオだよ、タ・カ・オ、日本の野菜の種持って来たよ」


司令官には、大根、小松菜、ホウレン草、キャベツの種をあげたのだが、彼はちんぷんかんぷん、直ぐに部下を呼んで指示を与えていた。

俺を農業の専門家の所に連れていけとの事、ちなみに俺その人と友達なんだけど、わざわざここに来なくても直接行けばよかったじゃんと思いつつ彼の部下の後に着いて行った。

しかし、軍隊と言うものは命令が絶対なんだな、上の命令は絶対、そしてその規律のとれた受け答え、動作、そして自分に対する礼儀正しさに少し感動を覚えていた。司令官のお友達という事で丁重に扱ってくれたのだ。

ちょっと自分が偉くなったと勘違いして浮かれ、最初の緊張はどこへやら、いつしか偏見も無くなって彼らと気楽に話していたのであった。

と、ここで、非軍事を訴えて自衛隊を持っている日本国民として、軍隊について少し自分の意見を述べてみたいと思います。

が、時数を1000字越えて、長くなりそうなので、これはまたの機会に書くとします。

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Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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