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2011-06

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日差しの中で - 2011.06.30 Thu

クラワラの青の美しさをどうやって言葉で表現したらいいのだろうか。
言葉での表現力があればとつくづく思う。

とにかく、ペンキで塗ったような青を持つクラワラの空は、いつ見ても癒されるのであるが、その空を見続けて、お天道様のしたにずっといる危険な事になるのだ。


じりじりといった日本の夏の日差しとは全く違う。
ここの日差しは痛いのだ。

あえて擬音語で表すとすると、「キリキリ」といったところか、、、


標高が高いせいであるだろうが、お日様の下に何分もいられないのが現実だ。

ほんとは、黒々と焼けたいのだが、ここでの日焼けは自殺行為に近いであろう。
皮膚ガンになってしまうから。

なので、日焼けしないように気を使っているのである。
(帽子かぶっているだけだけど)


そんな雲ひとつない晴れ晴れとした日々が続いたとある日、同僚の奥さんから質問されたのであった。

「ホッペに何塗っているの、教えて?」
突拍子もない質問に「え!?」とつい聞き返してしまったが、用は俺の肌を見て、寒暖の差や日差しが強いのにどうして、そんなに綺麗なのか疑問に思ったらしい。

そこで、なんらかのクリームを塗っているのではと推測し質問してきたのだ。

そこで俺はこう返した
「何も塗ってないよ、毎日水で洗っているだけ」

しかし全く信じてくれなかたのだ、そんな訳ないと、、、

そこで仕方なく、簡単な説明をした。

「洗顔やクリームは実はあまり肌に良くないんだよ、だから俺は使わないんだ。」
肌がきれいな者がいうのだから、それなりの説得力があったらしい。

そうかと少しガッカリしたようにその話題は終わったのであった。
でも彼女からしたら、肌を綺麗に保つ魔法ようなクリームが日本にはあるのかと期待を抱いていたのかもしれない。


ちなみに、私は、洗顔クリームが嫌いである。
というか人生に5回も使った事がないだろう。

なぜなら、洗顔クリームを使って顔を洗った後、妙に肌がパツパツになるのが嫌なのだ。
そういった意味で中学時代にはやった、油取り紙も鼻の毛穴のゴミを取るやつも嫌いなのだ。どうもなにもかも取りすぎている気がするのだ。

それに、水で顔を洗うだけのほうが気持いのだ。
(最近は冷たすぎて気持ちいとはいえないが)


とまぁ、何が言いたいかわからない感じになってしまったが、用はこの
強い日差しのなかでも、ボリビア人女性が羨む肌を僕が持っているということが言いたかったのでした。
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腹の虫 - 2011.06.28 Tue

洞窟の中を風が暴れまわるような腹の虫の音がした。

すでに、睡魔で瞼は閉じていたのだが、あまりの空腹に我慢ができなくなり、食べ物を求めて、外に出たのであった。

外に出ると、肌を刺すような寒さに自然と足は速くなり、傍から見たら走っているように見えただろう。

時刻は夜9時、運よく大好物のチャルケカンはまだ売っていた。
おばちゃんにお持ち帰りのチャルケカンを1つ頼むと、直ぐに出てきた。
寒いから直ぐにでも帰りたいのだが、支払いの時になるといつも時間がかかるのである。

チャルケカン1つが13Bs(約200円)で、だいたいいつも小銭を切らしていうことが多いから、20Bs冊で払うのだが、そのお釣りの計算に時間がかかる。

その原因は、変な計算の仕方をするからなのである。
これを計算式で表すとすると、
13+1+1+1+1+1+1+1=20

この計算をするとき、1を足す毎に小銭も一枚ずつ増やしていくので、結果7Bsのお釣りを貰えるのだ。

しかも、確認のためかどうかしらないのだが、お釣りを1Bs(2Bs、5Bsの時もある)ずつ数えてくれるのだ。
「14、15、、、、、20、丁度あるでしょ」



だがなぜ、こんな手間のかかる計算の仕方をするのか疑問に思うのである。
僕らにとって当たり前の20-13=7という計算をしないのである。


しかしこれには訳があるのである。
昔、義務教育が、クラワラにはなかったのだ。というよりも、学校に行っていなかったり学校に通えない僻地に住んでいた事によって教育を受けられていなかったのである。
その世代は、大家のカリクストやフローラ、近所のアレハなど、僕らで言えば親の世代にあたる年齢の人たちなのである。


そう、最近まで知らなかったのだ、彼らは文字もちゃんとは読めないのである。
しかし、そんな彼らのために、おじさんおばさん学級というものがあるのだ。
字を教えたりしているそうなのだが、実際に行った事ないので、詳しくはわからない。

その学級に、大家のフローラや近所のアレハは通っているのだが、カリクストは勉強が嫌いなために行ってないらしい。

*住居契約書というものがある。その契約主がカリクストではなく、妻のフローラであるのだが、なぜカリクストではないのだろうと前から疑問であった。その理由は契約書とかそういったものがカリクストは苦手だったから、フローラが担当しているのだと、この件で合点したのであった。


しかし、教育というものは恐ろしい力を持っているものだ。
教育をちゃんと受けていないだけで、基本的な計算すらできないのだから。初等教育とは大事なのだとしみじみ感じた。

しかしながら、チャルケカンのおばちゃんちゃんとの触れ合いで、教育の恐ろしさを二重にも感じてる。彼女の計算方法は時間こそかかるが、独特な計算の仕方なのである。

それに比べて教育を受けた私には20-13=7というのが当たり前で唯いつの計算方法だと思い込んでいる。しかし、計算の方法は、いく通りでもあるのに、計算方法の教育を受けたことでその他の計算方法を見つけることすらしなくなってしまっているのではないだろうか。教育によって賢くはなるが、独自性は失われているのではないだろうか。



ギュルギュルルと腹の虫がクイのように鳴くので、とりあえず難しい事を考えるのはやめにして、お釣りを貰って帰る事にしたのだった。



あれ、、、、「おばちゃんまたお釣り多いよ」

キヌア - 2011.06.25 Sat

ボリビアにくるまで、キヌアという穀物を知らなかった。
栄養抜群、健康食として、日本でも売られているそうな。


毎日のようにキヌアのスープを美味しく頂いている。

そのキヌア、今年は不作なのである。
先月、大家のカリクストと一緒にキヌアの収穫をしたのだが、今年は駄目だと嘆いていたのであった。

理由としてはこうだ。

キヌアは9月~10月の間に種を巻くのだが、その種を巻いた直後に雨が降らなければならないのだ。

しかし去年はラニーニャ現象で雨がなかなか降らない。
9月、10月合わせて5日ぐらいしか雨が降っていなかったのだ。
(ちなみにキヌアは播種ごに雨がちゃんと降れば、その後乾燥が続いてもちゃんと育つそうだ)


それによって発芽も生育も良くなく、キヌアの事がよくわからない俺の目から見ても実りの悪さがわかるぐらいであった。


しかし、不作といいながも、いつも食べてるキヌアのスープは値上がりしてないし、無くなるわけではないので、これといって変化はないのだが、都市部では値上がりそうだ。

日々寒々 - 2011.06.22 Wed

7年間、一緒に歩み続けてきた東芝のノートパソコン
とうとう寿命がきたみたいで、壊れてしまった。

幸い、ほとんどのデーターはバックアップしてたので、消滅は免れたが、書きためていたブログのデータは消えてしまった。


それから3週間、帰国する隊員から、格安の値段で新たなノートパソコンを譲ってもらった。

もうこりゃ新品を買わなきゃダメかなと諦めかけていたところだったので、新たにパソコンを手に入れられた事は幸運というほかない。

しかし、このパソコンもいつ壊れるかわからないよと前の持ち主に言われているので、依然として、僕のパソコン状況は終盤のブロック崩しの上にいるようなものである。



ところで、最近は寒さが一段とまして厳しくなってきて、去年のようにオリーブオイルはすでに凍ってしまっている。

室内温度も5度にまで下がっているのだ。
しかし、今年の私は一味違うのである。

そう、そんなに寒さが辛く感じないのである。
未だにヒートテックは着用してないし、ホッカイロも湯たんぽも使用してない。

また、この前ラパスの行った時なんか、全く寒さを感じなかったのである。
標高が300も違うとこうも違うものかと、クラワラの気候を恨みたくなるところだが、、


人間、環境に慣れるとはこうい事なのかと少し寒さに強くなった自分に惚れぼれしているのであった。

現実を見つめて - 2011.06.12 Sun

ワラ一族の暴挙から数日たって、レタスの定植を再びしていた。

ほんとは別の所に植える予定であったレタスであるが、もう一度同じ場所に植えている。
ネギも下の根の部分は食べられていなかかったから、もう一度成長する事を願って、植えなおしている。

獣害にあった農民は、こういう気持ちで、農作業をやり直すのかとしみじみ感じながら作業をしていた。



しかし考えてみるとこの数年で貴重な経験をしているのだと思う。
初めて農業をしたとき、カメムシにかなりの大豆を食べられた事もあった。
宮古島で野菜を作った時も台風で野菜を全部吹っ飛ばされたっけ。

そして今度は獣害か、、、
ははは、毎年天災にあってるじゃん俺。
こんなについてないって有る意味凄いかも。農業者の苦しみをこの数年で痛いほど分からせてもらっているのだから。

そんな事を考えながら、昔教えてもらったある言葉がふと浮んだ。

「あららがま」という言葉である。この言葉は日本の沖縄の宮古島で教えてもらった言葉である。

 「あららがま」とは、ボクシング選手がぼろぼろになって倒れても、負けてたまるかと根性と気合で立ち上がる際に「あららがま」と言って立ちがる掛け声的なものでもあり、その精神を表しているのである。いわば不屈の精神である。
 
この言葉が生まれたのは、宮古島の厳しい自然環境が背景にある。毎年のようにやってくる台風は何もかも吹っ飛ばしてしまうほど強力であり、ほとんどが農業を主体としているこの島では、台風による被害は甚大かつ深刻である。

しかし、宮古の人々はそんな困難にあっても負けてたまるか、「あららがま」と言って生きてきた。それが故に、「あららがま」は宮古の人々の精神であるそうな。


もう、精神的にはボロボロである、勘弁してくれよと弱音を吐きたくなる。

けど、今こそ、この言葉の通りに俺も、根性と気合で立ち上がる時なのかもしれない。


「あららがま」
ワラなんかに負けて負けて堪るか!!!

夢であってくれ - 2011.06.10 Fri

季節外れの雹に打たれながら、ハウスの窓を閉めるために、泥道を駆けていた。
雷が落ちるたびに当たりが明るくなる。

ジャンバーがビショビショになりながらも、どうにかハウスに到着して中に入った瞬間、大きな雷が落ちて、雷鳴を轟かせた。

その時、居るはずがないワラが、キャベツを貪り食っている姿を見たのだった。


その瞬間、目が覚めた。
部屋には朝日が差し込み、ピヨが鳴いている。
いつもの朝である。

なんだ悪い夢でもみていたのかといつものようにハウスに向かうと、そこには惨憺たる光景が広がっていた。



無残な姿になった、ネギ
跡形も無くなったアセルガとレタス
食いちぎられ、見るのも痛々しい、キャベツ

唖然とするとは、こういうことなのかと初めて経験したのだった。

昨夜は、前市長が来てたから、その久々の再開を祝して、元部下の皆と楽しく飲んでいたので、少し酔っ払っていた。

いい気分だったので、嫌な事は忘れ、自宅に帰ると直ぐに寝てしまっていたのだが、
夢で見た事は夢ではなく現実であったのだ。


放心状態が少し続くと、不気味な笑いが湧き上がってきたのであった。

いわゆる、これがキレたというやつなのだろうか、水鉄砲を二挺持ち、ワラ一族に乱射
これでもかと、水を浴びせたが、怒りは収まらない。
そして自分の行為に虚しさを感じたのであった。

いくら、水鉄砲を浴びせかけたところで、ワラ一族の腹の中に入った野菜は戻ってこないのだから、、、


ああ、神様は俺に罰でも与えているのだろうか、一体俺にどうしろというのだ。


残り任期8ヶ月
ワラ一族に7ヶ月分の努力を一瞬にして食い荒らされた。

この事はワラ一族の暴挙として、一生俺の記憶の中に残されるだろう。


(続く、、、)

古株 - 2011.06.08 Wed

クラワラに来て1年と3ヶ月が立つ。

最初の頃は新米であった俺が、今じゃクラワラ市役所の中では古株になっているのだ。


サントス、エドウィン、アダネット、レオ、エドアルド、クリソルゴ、パトリシオ、そして8番目に俺が古いのでる。



まさかボリビアに来る前は、40人はいる職員の中で自分が一桁台に入るとは思っていなかった。


そんな事を思っているとある日、突然前市長が現れたのだ。
(一年近く前のブログのサヨナラ市長の出てくるロムロである)

彼は30歳という若さで市長になり、クラワラで善政を施き、今でも住民から慕われている人なのである。

今のクラワラの発展はロムロの功績が多きと、内部事情をあまり知らない俺でもわかるぐらいロムロは凄かった。


彼とずっと任期中一緒に仕事ができたらと思うと凄く悔しくなる。
それぐらい彼は立派な人であった。


だから、彼との再会は非常に嬉しかった。
そうそう、ワラを買ったのもこの前市長なのだ。

だから、彼に三匹目のパクシーを見せてあげたのだが、その反応が面白い。

ワラ達が、どうやって抜けたのか分からないが、柵を越えてこちら側に来ていたのだ。
そのワラを見て、昔何度も蹴られてる恐怖からか、ワラが近寄ってくると大の大人がワラに怯えて逃げ回っている。その姿が滑稽で、その場で笑ってしまった。


その後はロムロと元彼の部下であった、サントスやエドウィン達と飲み会になったのだ。
そこでロムロが、来た時よりも喋るのがうまくなったなと褒めてくれたのがとても嬉しかった。

一年と三ヶ月、俺も少し成長したんだなって思う充実した日であった。

RRの発音 - 2011.06.06 Mon

スペイン語にはRRという文字がある、舌を振動させながら「エレェェ」と発音するのだ。ちょっと発音を文字で表現するのは難しい。

そのRR、ここボリビア、特に農村部では発音の仕方が違うのだ。

例えばperro(犬という意味)は本来なら「ペロォ」と発音するのだが、ここでは「ペゾォ」と発音するのだ。

これがややこしいのである。
最初、なぜRRが違う発音なのかわからなかったから、よく辞書で調べる時困ったものだった。例えばforraje(飼料という意味)を「フォザヘ」というからfozajeで探すから見つからないのである。

まぁ、それでも、どうにかやってきたのだが、どうにも発音がうまくできない単語が現れたのである。

この前、仲良しの大学生の友達にボリビア料理を教えてもらったのだが、その食べ物の発音ができないのだ。
Rrelleno,というのだが、どうにもこの最初のrrができないのである。
何度も何度も友達に直してもらいながら練習してどうにかできるようになったのだが未だに完璧とはいえないレベルである。


もうややこしい発音だな、rrは「エレェェ」でいいじゃん。それでも日本人にとっては慣れない発音なのに。

そんな文句を言いながらrrの発音の練習を頑張っているの毎日である。



ちなみに、ラパスのスペイン語先生になんで発音が違うのか聞いてみたところ、現地語のアイマラ、ケチュア語の発音の影響があらからだそうだ。

そして、クラワラ人がrrellenoと発音していた単語は正式にはrellenoだということもその先生に教えてもらったのだ。

ただ、rellenoとクラワラの人に言っても通じないので、相変わらずrrellenoの発音を練習しないといけないのである。

可愛い子には旅をさせろ。 - 2011.06.04 Sat

インティは今年の5月で一歳になった。

生まれた頃から世話しているから、なんか親心みたいなのが付いてきた。

だが、そのインティ、まだ乳ばなれができないのである。
ワラがパクシーを生んだから乳が出るようになったのだが、その乳をインティが飲んでしまうのである。


ラクダ科の乳は量が少ないことで知られているので、パクシーの分をインティが飲んでしまっては、パクシーが餓死してしまうのである。

これには、俺も管理人さんのビクトルも閉口してしまった。

そんな時、いい話が舞い込んできたのである。
インティをラパスに連れて行くという話である。

動物園に売るというわけではなく、ラパスの町暮らしの都会っ子にグワナコを見せてやろうという話なのだ。
ほんとはワラを連れて行きたかった所だが、出産後間もないし、パクシーにはまだ長旅は無理と言うことだし、俺も一緒に付いて行ってインティの勇姿を見たかった所なのだが、あいにく他の仕事があって行く事ができず、インティだけがラパスに行くことになったのだ。


インティの一人旅である。
早朝四時に捕獲して車に乗せて、見送ったのであった。

ちなみに、インティの捕獲俺がやりました。
ワラがいて邪魔をされるのがいやなので、まずはワラを捕獲し、その後インティを捕獲という段取りであったのだが、ものの5分で全て終えたのだ。

昔は蹴られるのが嫌で、近寄る事もできなかったのに、今じゃ手馴れたものである。
同僚も、グワナコの扱い方に手馴れている俺を見て褒めてくれたのであった。



さてさて、この一人旅で、甘えん坊のインティが一回り大きくなってくれるのを願うのであった。







そして、その日の夕方、インティが帰ってきた。
早くねって思われる方もおられるかもしれないが、もともと日帰りの予定であったのだ。


そして、ハウスの中にインティを連れてくと、ワラを見た瞬間、「クゥー」と一声泣き出しそうに鳴いたのであった。

そして、それを見たワラも、我が子を返せと言わんばかりに、前足を上げて、いつもの威嚇のポーズをとったのであった。

日帰りとはいえ、インティはとても寂しかったのだろう。
首に付けている紐を外すと、インティはワラに甘えるように駆け寄って行ったのだった。

自分自身普段一緒にいるとはいえ、ワラ達の親子愛がこんなにもあるなんて全く知らなかった。というか、動物にそんな感情があるとすら知らなかった。



インティ一人旅、男にして返すつもりであったが、逆に俺が彼らの親子愛の深さを教えてもらったのであった。

月が生まれた - 2011.06.02 Thu

ハウスに入ると、居るはずもない生き物がそこにいた。

黒くて、ワラの横に倒れている生き物である。
ぴくぴくと痙攣してるようで、何かおぞましものがいるように感じた。
その正体は一体何なのかを調べるため近くによって見てみると、それは生まれたてのワラの赤ちゃんであった。

くしゃくしゃで毛も濡れていて可愛いとは決して言えないが、自分の足で立とうと踏ん張っている。

自分も気づけば、手を強く握り締めて頑張れと応援していたのであった。
そんな中、ある事に気づいたのであった。

あれ、生まれるの早くない、、、、、
12月に妊娠したのだから、まだ半年しかたってないじゃん。

早産→死んじゃう、という文字が心の中を駆け抜けたのであった。

急いで大学のリャマの専門家に電話して来てくれと頼むと、その後は何もできないまま時間だけが過ぎていったのだ。


そこに、管理人のビクトルがやってきた。
俺が、慌ててビクトルにその事を伝えると、ビクトルは平然としていた。

というより、これは早産でなく、去年の6月にすでに妊娠していたということだったのだ。
ビクトル、俺に12月に妊娠したじゃんって言ったくせに何だよと少しふて腐れながらも、頑張って立とうするワラの赤ちゃんを応援していたのであった。


そして、見事に立った時には生命の強さを感じて感動したのであった。


皆がその姿を見ようと集まってきていて7、8人で赤ちゃんの様子を見ていたのだが、赤ちゃんが立った後は名前を何にするかという議論で盛り上がった。

ワラがアイマラ語で星という意味で、インティが太陽だから、この子はパクシーという事に満場一致で決まったのだった。パクシーはアイマラ後で月という意味である。

女の子だから、パクシーとはいいネイミングである。

新しい生命、これからパクシーよろしくである。

その後、毛も乾きパクシーの頭と首の毛が少し黒いのに気づいた。

あっ、お前、ヤッサンの子だったのか、、、
(ヤッサンとは去年、一ヶ月ぐらい、このハウスにいたリャマのことである。)

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Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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