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2011-08

フローターの一番前で - 2011.08.31 Wed

俺が座った席は、なんとドライバーの隣
本来なら、ここには、運転交代の為にドライバーが座るのだが、彼らは少しでもお金を稼ぎたいから、俺に席を譲ってくれたのだ。

ちなみにもう一人のドライバーは階段に座っていた。


こんな経験は初めてである。
これも、途中乗車したしたからであろう。

しかし、一番前の席は最高である。
見晴らしがよいから眠いのも忘れて、ずっと景色を見ていたのである。

だが、その半面、見なくていいものも見てしまう。
そう危険な追い越しである。

今回通った道は、最高高低差100メートルはありそうな崖道で落ちたら一貫の終わりなのである。

そんな道を、どんどん追い越すのだ。
日本で言えば山道の追い越し、特に視界の悪い曲がり道や、坂の頂上は追い越し禁止だが、彼らには関係ない。

遅いトラックがあったらどんどん追い越すのだ。
これで何度ヒヤッとさせられたか、よく見るとガードレールはあちこちヘコんでいるではないか。


遅いトラックを追い越したいのは分かるが、もうちょっと命は大切にしようよと思うのであった。


景色を見るのに飽きてくると、俺と一緒にパタカマヤから途中乗車した、おっさんが話しかけて来た。
どこから来たとか、何人かとか、ボリビアで何してるのとか、ありきたりな質問をされて、ありきたりに受け答えしていると、このおっさんと、意外なつながりがあった事がわかったのだ。

彼は農業の専門家さんで、以前クラワラで働いていたのだ。
彼曰く、豚をクラワラに入れたのは俺だ、軍人さんのハウスを作ったのは俺だ、などなど、クラワラの農業に大きく貢献した自分は実はこのおっさんだったのだ。

なんたるめぐり合い。
偶然にしても、人の出会いとは面白いものである。


そんな彼と意気投合したのは言うまでもない。
そんな彼からリャマについての面白い!?話を聞いたのだった。
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長距離移動バス - 2011.08.27 Sat

長距離移動の使う車は以下の4つのタイプがある。

乗合タクシー 
ワゴン車的なのが多くドライバーを入れて8人ぐらい乗れる。
乗合タクシーは小型なぶん車をバンバン追い越すし、途中下車が少ないから目的地に早く着けるのが利点である。
ただ、真ん中の席になると、ボリビア人横の大きいので少し苦しい。

ミニまたはトゥルヒィー 
日本で言うバンにあたるもの、このタイプは田舎に向かう長距離バスとして主に使われている。なので、クラワラを出るにも、帰るにもこいつに乗らないといけないのだ。20人ぐらい乗れるが、後ろのシートが改造されていて、非常に乗り心地が悪いのが難点である。

ミクロ
日本でいうマイクロバス的ものかな、これには俺は乗った事ない、なぜなら途中下車する人が多すぎるので、目的地に着くまで凄い時間がかかるだ。

フローター
大型バスで、基本的乗りごこちは最高!(ミニに比べたら)
それといくつか等級が分かれていて、お金を払えば、3列シートの凄いゆったりした座席などもある。ちなみにこの手の大型バスは大都市を繋ぐ長距離バスで、俺は普段乗れない。



この四つの交通手段であれば、断然俺はフローターが大好きである。
座席の空間は広しい、途中でアイス売りや食べ物を売ってくれる人がバスに乗って来て、買い食いもできるからだ。

だから、いつもフローターに乗るときだけは、長い移動もあまり苦にならないのである。
そして、今週末はこのフローターに乗って長距離移動ということになったのだ。

パタカマヤ(ラパスとクラワラの中間点にある街)でフローターを待ち、席取り合戦に勝利してバスに乗り込むと、なんと案内されたのは、運転手の隣であったのだ。

(続く)

独立記念日 - 2011.08.24 Wed

8月がやってきた。日本でいえば3月に当たる気候であろうか、寒さも少し和らぎ、あと少しで春がやってくるのである。

しかし、この月はやたらとお祝い事が多い、8月5日の独立記念日に始まり、サガルナガ小学校創立記念日、マリスカル学校創立記念日、大学の創立記念日、そして旗の日と、毎週何かお祝い事があるのだ。


その中でも、独立記念日は、2月のカルナバルに負けないぐらい盛大にお祝いをするのである。

確か去年は独立記念日前日に大学生達と踊りを見ながら、ミルクと卵をお酒で割ったお酒を飲んだなぁー

テゥリーゴとかいいう名前だったっけ。

そして、初めて消化不良というやつを起こして、独立記念日から三日間死んでいた。

その時は、市役所の行進にも参加できず、年に一度しかない闘牛を見逃したのだった。
なので、今年こそは、行進に参加して、闘牛見て、お酒も飲んで、踊りも踊って、ボリビア人とこの独立記念日を心から楽しんでやろうと思っていたのだった。

つい先週までは、、、

前回のブログを見れば分かるが、ついてない事に、独立記念日がある週に風邪をこじらせていたのだ。

そして迎えた独立記念日は風邪のため一日中、ベットの中
次の日の闘牛も、ベットの中
クラワラチャンピオンリーグ決勝も見られずじまい。

またもや、去年と同じ目に会っていたのだ。
もう今年で最後というのに、残念な結果になってしまったのであった。

しかし、お祭り騒ぎになると、俺の家は立地的に最悪な場所にある。

街の中心、プラザに近いため、スピーカーの音や楽器の演奏の音が朝から晩までやむ事がないのである。

なんど、独り言でうるさいと叫んだ事か。

だが、彼らはよく飲み、よく踊るのである。
そんなに独立記念日が嬉しいのかな、、、

そこで、ふと、日本の事について考えていた。
そういえば、日本って国民皆がボリビアの独立記念日のように喜び合う日ってないよな。

建国記念日とかいうのがあった気がするが、特に何かをするわけでないし、、、

大みそかとかお正月は確かに、皆でお祝いというか日本人にとって重要な日ではあるが、なんか違うんだよね。

独立記念日とは、、、
(ちなみにボリビア人にとって新暦の正月はあまり大きな意味を持たないらしい。)


やはり国民の血を流し、勝ち得た独立とは、日本民族には分からない一味違った喜びの日なのかもしれない。

その独立記念日、またもや味わえなかったのはちょっと寂しいのであった。

喉が痛い人への特効薬 - 2011.08.21 Sun

オルロから帰ってきた。

今回の失敗が響いたのか、長旅の疲れのせいか、オルロで引いた風邪のせいで喉が思った以上に痛いのだ。

まぁ、一日ぐっすり眠れば直るだろうと高をくくっていたのだが、直らない。

まぁ、もう一日休めば直るだろうと思ったら、直らない。


やっぱり、ご飯んを沢山食べなきゃ直るものも直らないよなと思って、フライドチキンをたくさん食べたが、直らない。


うっ!! これは不味いかな、、、

これの喉の風邪はやばいのではないかと気づいたのは、5日目なのだ。
そこから薬を飲んだりし始めたのだが、いっこうに直る気配がしないのだ。

どうすればいいのだろうとうろたえていると、ある昔の出来事が浮かんだのであった。


それは、もう6年まえの話だ。
当時大学生で、長い夏休みの期間を利用して、フィリピンに一ヶ月間のボランティアに行った時の事であった。

海外での初めての長期滞在という事もあったのだろう。
ボランティア活動終盤にさしあたった頃、普通の風邪を引いたのだった。

すぐに直ると高をくくっていた俺は、今と同じようにちゃんと療養しなかったのである。
そしたら、案の定、喉は痛くなるばかり、それどころか喉と奥歯の境目みたいな所に膿が生じてしまったのだ。

こうなると、その膿の部分を切らないと直らないのである。

結局その大事なボランティア生活の時間を棒に振って、日本に帰国し、すぐ入院という目にあった苦い思い出を思いだしていたのであった。

そしてこの喉の痛みは、まるでその時と同じなのだ。


これは、、、

マジで不味いぞと頭の中で警報が鳴り響いたのである。

このままでは最悪ボリビアで入院しなくてはいけない羽目になる、それは嫌だと慌てる頭の中で、6年前、いかにして直したのか必死に思い返したのであった。


確か喉に膿ができた原因は菌が喉に入ってしまったためで、膿を切除した後、菌を殺すために抗生物質を飲んでいた事を思い出したのだ。

まだ膿ができるぐらい悪化はしていないから、喉に住みついてる菌を何とかやつけられればいいじゃないかと思いついたのであった。

そして医療知識に乏しいながらも必死に見出したその方法とは俺の大嫌いな茶色い液体イソジンであった。

昔からこの味と臭いが大嫌いで、今までに使った事が無かったのだが、ボランティアに来るときに支給された医療用品をガサゴソ漁ってイソジンを取りだしたのだった。

えっとどうやって使うのかな、ふむふむ、40mlに5滴ぐらい垂らすのか、でも水を測るものなんて持ってないし、適当でいいや。

と、コップ一杯の水を麦茶みたいな色にして、うがいをしたのであった。

ゴロゴロうぇー 、ゴロゴロうぇーとイソジンの味に苦しみながらも毎日3回うがいをつづけたら、あら不思議、あっという間に直ってしまったのであった。

イソジン恐るべし威力


今までこのイソジンを使わなかったのが悔やまれるのであった。

本番にいと弱し俺 - 2011.08.19 Fri


オルロでの最終公演 - 2011.08.17 Wed

ボリビアに来て間もない頃、嵐のone loveを踊って大声援を受けた。
初めてのオルロ、初めての模様し物、一年以上前の事だが懐かしく思う。


二度目は去年の11月、ソウラン節を披露し同期の隊員と歌を歌った。
曲目は「あの素晴らしい愛をもう一度」「ビューティフル デイ」「ポニョ」

いつもボリビア人の前で歌を歌ってもあまりいい反応が無いのだが、この時に限って聞きに来てくれた人達の声援が無性に気持ちよかった。

そして、人前で歌うのに味をしめたのだ。


そして今回で三度目、そしてオルロでは最後であろうギター演奏に挑むのであった。


今回の日本祭の背景はというと、オルロの文化会館館長から直々に要請があったのだ。
是非日本祭をやってくれと、オルロのオタク達に。
そして、彼らを通して我々ボランティアも協力してくれと頼まれたのであった。

その日本祭の中で、俺に割り振りられた役割というのが、当初はボリビア人女性とのドゥエットであったのだが、その話はうやむやになり、ソロで歌うことになったのだった。

ちなみに、この話を聞いた時、多分ボリビア人のことだから予定通りに行くとは思わなかったので、ソロでできるようにも練習していた。案の定、直前になってソロでやることが決まったから、練習していてよかったとホットしたのである。

歌う曲目は、HYの「 AM 11:00」「ふるさと」山崎まさよしのヤサ男の夢とアレルギーの特効薬ミックスバージョンである。

2カ月前から練習し、スペイン語で話す内容もあらかじめ準備して、当日に挑んだのである。


が、しかし、喉が痛いのだ。
歌の練習し過ぎかなと思ったのだが、どうも違うみたいなのだ。
会場に着いてから悪寒を感じるのだ。

寒くてしかたない、喉が痛い、これは完ぺきに風邪である。
このままほっとくとやばいなと思いつつ、帰るに帰れないのだ。

だってここで帰ったら俺のこの2ヶ月間の地味な努力がパーになってしまうのだ。
それに、頼まれた事を果たせないで帰れるわけがない。

意地でも歌ってやると本番を迎えたのであった。

(続く)

席取り合戦 - 2011.08.15 Mon

ボリビア人って俺は結構優しいと思うのだ。それは人にもよるが、困っている時、親切に助けてくれる人が多いからだ。

例えば、昔バックの鞄を開けられそうになった時、それを未然に防いでくれた人もいた、バスの乗り場が分からないと、親切に連れてってくれたりもした。他にも色々あるが、俺にとってのボリビア人って、いい印象の方が強いのである。


だが、ある事に関してだけは人が変わった様に違うのだ。

そう、バスの席取りである。

ボリビアでも首都や県庁所在地に住んでいる人はあまりない事だと思うが、田舎に行くバス、または田舎から街に出るバスは人が集まったら出発という具合になっているのだ。

しかし、普段ならそんなに重要がないから、席取り合戦になることはないのだが、金曜日の午後と日曜日の午後だけは違うのだ。

田舎に単身赴任している人たちが地元に帰るので人がごったがえすのだ。


この時だけはボリビア人も外国人無勢に優しさのかけらも見せてくれないのだ。
我先にと、到着したばかりのバスに乗り込むのである。


特に子連れのおばちゃんは強い、人がバスの席を取るのにいいポジションにいるのに、一瞬の隙を狙って割り込むのだ。これで何度涙を飲んだことか、、、

しかし、この席取り合戦、最初は全然慣れなかったが、次のバスを待つ余裕がないと思うと自然と人間は強くなるものなのである。

まだ、子連れのおばちゃんには勝てないが、人並みには席を取れるようになったのである。
そんな微妙な技!?というか強引さを身につけたのである。

しかし、今回は席取り合戦に敗れ、オルロへの道、1時間30分を立って行ったのであった。


いざ出陣 - 2011.08.13 Sat

アルティプラーノを一人の日本人が歩いている。

顔中が緑色になり腹部の辺りをおさえながら、疲れ切った足取りでとぼとぼと歩いているのである。

その眼は澱んで、生気すら感じられない。まるで、受験生が志望校に落ちた時のように、、、





ワラを捕獲した後、本来ならインティも捕まえなくてはいけないのだが、今日に限って捕まえなかったのだ。

なぜなら、同僚がインティはお母さんに付いてくるから大丈夫というものだから、、、


いつもなら本当かよと疑う所だが、相手がラクダ科の大学教授という事だから、その肩書を信用して、ついにインティーを捕まえず、外に解き放ってしまったのだった。


しかし。それが不味かった。

外の出たインティは、それは見事に駆け抜けて行ってしまったのだ。
普段、あんな狭い所に閉じ込められているのだもの、そりゃ、無限に広がるアルティプラーノの大地を駆け抜けたいよな。

そして、それに吊られて妹のパクシーも駆け抜ける。
兄弟揃って、遠くの彼方まで行ってしまったのだ。


さぁ、同僚に掴まれて取り残されたワラはというと、、、


二人の子供たちに置いてかれて、さぞ寂しかったのだろう、そして自分も走りたいという意欲か、暴れるは暴れる。

横から見て、口をコの字にして怒りを表しているではないか。
(ラクダ科は機嫌が悪い時は口をコの字に開けっ放しにしる。写真を乗っけられないのは残念だが、その姿は、怒りの感情を見事に表していえるといえよう)

そんなワラを抑える役が俺、インティとパクシーを捕まえる役が同僚という事で、この事態を打開することになったのだが、ワラの抑え役は非常にシンドイものであった。


首を掴んで、暴れないように抑えるのだが、体重100kq対48kg、二倍の相手に悪戦苦闘したのは言うまでもない。

それに、彼女にはツバ吐くと蹄落としという必殺技があるではないか、今日ほどその餌食になったことはなかった。



同僚が、どうにかインティを捕まえに来たのだが、その時の俺はというと精も魂も尽きて惨めな姿になったのだった。


無事、ワラを小屋に戻し、一安心とため息を着くと、ふと思ったのであった。
俺、ここに何しに来ているんだろう。

家畜に蹴られ、臭いツバをかけられ、それでも毎日水をやり、餌をやっている。

なかなかできない経験じゃんと人は言うが、俺は家畜の世話に来たわけではないのだ。
野菜栽培指導の来たのだ!


しかし、皮肉にもこの日が記念すべき家畜隊員となった日なのであった(笑)

要請を引き受けて - 2011.08.11 Thu

市長の要請で、いやいやながらも、ワラの放牧を引き受ける事になった。
やりたくないけど、ボランティアである身として断れない、ましてや市長から初めての要請である、断れる訳がないのである。


ハウスに到着して、ワラを捕まえる準備をしてワラの方をみると、どことなく落ち着かない様子なのだ。

ああ、多分、紐を首に付けられるのを察知しているのだろう。
これは捕まえるのはとても難儀しそうだなと頭の片隅で思いながらも、ワラを捕まえるため、彼女のテリトリー内に入ったのであった。


同僚と二人で彼女の捕獲にあたったのだが、逃げるは逃げる。
なかなか捕まらない。

そこでいつもは縄を投げ縄のようにして、カーボーイのごとく首に縄を引っ掛けるのだが、捕まらないので、方法を変えることにした。

直接手で、ワラのクツワを掴む事にしたのだ。

彼女は縄や棒切れさえ持っていなければ人間に挑んでくる。
なので、ここクラワラ生活で培った、ワラに蹴られない距離をキープしながら素早く捕まえるのだ。

足を捻じり寄せて歩みよる俺、お前かと半分シカト気味でありつつ、警戒を怠らないワラ、、、

手を亀のようにゆっくりと、彼女の下顎ほうへ持って行くのだが勘づかれて、一発目のツバを食らう。

しかし諦めず、同じ動作を繰り返し、ゆっくりと確実に俺の手と彼女のクツワの距離を縮めるのである。
そして、言葉では表せない捕獲可能な距離に手が到着した時、一時の沈黙がおこるのだ。

カメレオンがあの長い下で確実に獲物を仕留めるがごとく、絶対に対象物を逃がさない隙を伺うべく、、、、

ガバッという音とともに、近くに控えていた同僚が素早く、ワラの耳を掴みにかかり、暴れるワラを抑えにかかるのだ。

そして、ツバを吐きかけられながらも、彼女のクツワに縄をかけ終えたのであった。



さあ準備は完了、いざ出陣である!

(続く)

要請!? - 2011.08.06 Sat

「寒いよね~」

、、、が最近挨拶代わりになっている今日この頃


でもあと少しで温かくなるから、頑張ろうと励まし合っている。


ああ、これほど春が待ち遠しいなんて感じたことは今までの人生で無かった事だろう。


そんな気持ちで、「春よ来い」を口ずさみながら歩いていると、市長に出くわしたのだった。

アキリーノ・ビルカ、歳は50過ぎぐらいである。
前市長があまりにも良すぎたから、今の市長の評判はあまり良くないのだが、外国人の俺には非常に優しい。

ただ、活動に関してはあまり頼りにならないのが残念だが、、、


そんな市長が、急に俺を呼び止めたのだ。
タカオにしてもらいたい仕事があると、、、


この時、俺の目がキランと輝いたのは言うまでもない。
屈折、一年と七カ月、要請されてクラワラに来たものの仕事らしい仕事はなく、自分でどうにか活動を見つけてやってきた。しかし、今まで市役所から頼まれた仕事は一つもなかったのだ。

そんな市役所の長であるアキリーノからとうとう仕事を頼まれたのだ。
どんな仕事をするのだろう、堆肥づくり、野菜栽培指導、何かな、何かな、なんでもやるよと、跳びあがりたいほどの嬉しさを抑えて、何の仕事と聞き返したのだった。


自分「なんでもやるよ、それで何をするの?」

アキリーノ「ワラを週2で散歩させてほしいだ。」

自分「ハハハ、、、、、、マジで!?」


(続く、、、)

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プロフィール

Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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