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2016-11

オールラウンダーの可能性 - 2016.11.30 Wed

並行関係の僕らの関係に、一石を投じたのは、実は2年前の事であった。


友人の結婚式に出たのがきっかけだった。
その友人は、農園との関わりも深い事もあって、結婚式の料理に、うちの野菜を使ってくれたのだ。

その中で、担当のシェフの方とやり取りをさせてもらったのが僕なのだ。
人さまのめでたい結婚式の時に、自分たちが作った野菜を使ってもらえる事ほど、農業者冥利に尽きるというものだ。

俄然、気合が入っての、野菜の準備。
そして、素晴らしい料理を出して下さったのだ。


最後に、シェフの方とお話しして、無事終えたかと思ったところ、シェフの方がポロリと一言

ミニチンゲンサイはもうちょっと小さいものだと思ってました、、、


もうちょっと小さい????


うちのミニチンゲンサイは今から思えば、ミニと言いながら、少し大きめであった。
しかし、それはスーパーのお客さんには大きいのが喜ぶのよという事からその大きさで出荷していたのだ。

だが、結婚式での料理は主にフレンチ。
フレンチに使われるミニチンゲンサイは、そのままスープで入れて使えるような大きさが、どうやら好まれるのだ。
切ったり、千切ったりする大きさはどうやらNG

思い返せば、ミニチンゲンサイはレストランさんからの注文に対して、一度は注文があるのだが、その後、注文がなくなり、長続きしないという事が多々あったのだ。その当時はなんでだろうと思ったが、この時、合点がいったのだ。

ミニチンゲンサイはもっと小さく作らなくてはいけないと、、、


確かにミニチンゲンサイは僕らの農園の品目の中では、完成系の商品だと思い込んでいたのだ。、それがゆえに、ミニチンゲンサイには可能性があるのだと気づいていなかったのだ。



それに気づいてから、僕とミニチンゲンサイとの距離が急に近づき始めたのだ。
オールラウンダー、なんでも卒なくできて嫌な奴という僕の醜い感情から、

やっぱり、お前も人の子、欠点の一つや二つはあるよねという、なんとも言えない親近感が湧いたのだ。
人じゃなく、野菜ですけどね~


という事で、ミニチンゲンサイの新たな可能性への挑戦への道を歩みはじめる
予定であったが、それはとある人との出会いまではじまらなかった。




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オールラウンダー - 2016.11.24 Thu

なんでも卒なくこなす奴

そんな奴が嫌いだ、スポーツもできて、勉強もできて、料理もできて、歌も上手くて、話も面白くて、新しい事に挑戦しても直ぐに上手になる奴。でも、そのくせ、謙虚で、自分ができる事を自慢しない、人格者

いるんだよなたまにこんな奴。

それがいい奴だから尚更困る。
悪いところが一個も見つからないのだ。
どこか一つでも、俺が勝っているところがないかと探すのだが、どれもこれも負ける。
俺、ボーリングは不得意なんだよねというが、そのスコアは決して不得意というレベルではないのだ。

表面はさすがだねという顔をしているが、内心は、嫉妬と羨望の炎で燃えているのだ。




、、、、ちょっとオールラウンダーという定義から抜け出して、ひがみ根性丸出しの文章になってしまったが。

ようは僕はオールラウンダーという言葉が大好きなのである。
なんでも卒なくこなす奴

オールラウンダーに対して、憧れの念が強いからこそ、それができちゃう人に嫉妬してしまうのでしょうね。

そして、オールラウンダーは人だけではなく、うちの農園の野菜にもいるんですよ。



その名も


「ミニチンゲンサイ」

さあここから本題です。

農園たやのオールラウンダー
ミニチンゲンサイ君

彼はその名からは想像もつかない万能食材。

フレンチでもよし、イタリアンでもよし、もちろん和食でも中華でもどんな料理でも合う
炒めものでも、鍋でも、スープでもなんでもいける。

それは食べるだけに留まらず、栽培にも。

発芽よし、収穫早し、調整早し、そしてお客の受けもよしで、全く非の打ち所がないのだ。


まさしくこの野菜こそキング オブ オールラウンダーではないでしょうか。

だから、、、、、、


ミニチンゲンサイに嫉妬している自分がいるのだった。


そんなミニチンゲンサイ対して、僕自身は、余り手をかけなかった、というか、手がかからなかったというのが本当だが。

逆に手のかかる京水菜君にばかりに目がいく。
手がかかる子ほど可愛いという奴だ。


だから、僕の関心事は常に京水菜君や他の野菜に注がれ、ミニチンゲンサイ君とはあまり関わらない、並行関係が長い間続いていたのだ。


しかし、そんな状況もとある出来事をきっかけに変化していったのだ。

それは「結婚式」である。


京水菜という野菜 - 2016.11.19 Sat

滴る汗を手で拭いながら、種をまく機械の調整をしている。普段よりも、0.5cm種に土をかける量を変えるために。


本当に自分の仮説があっているのか。
間違って失敗してしまったらと、後の事を考えると、やっぱりやめようかと思ってしまう。

いつもと違う事をして、失敗してしまうリスクを恐れているのだ。
農業にとって発芽は命だ。発芽がしなければ何も始まらないのだから。
だからこそ、いつもと違う事をするのに、腰が重くなるのだ。


しかし、それでは、何も変わらない、京水菜の運命は変わらないのだ。


と、意を決して、まいたのだった。




一列だけ、、、


やっぱ、怖かったので一列だけにしました、はい。




しかし結果は予想を反して、、、、

メッチャいいじゃないですかぁー

京水菜6列撒いたうちの、土の量を変えた所だけ、綺麗に発芽している、発芽してるじゃないですか。
あー写真とっときゃよかったってぐらい、一目瞭然に発芽率がちがう。
学生が校庭でクラスごとに、整列してるかのように綺麗に一直線、生え揃ってるのだ。


という事で、次の場所では、半々でまくと、、、


これも一目瞭然。0.5cm違うだけなのに。


発芽が早くなったという理由は単純だ。
芽を出そうとしている種にとっては、上にのっている土の量が少なければ、それだけで発芽が早くなるのだ。

そして、水の欲しい京水菜君にとって、早く発芽する事によって、表面の土が乾く前に発芽して、大きくなる。
だから、遅く発芽した水菜は水を吸えず枯れてしまうという事を防ぐ事が出来るようになった。

それと、もう一つ。
温度、陽の光、その時の土の状態や前作、そういった色んな要因に左右されて、水菜は発芽したり、しなかったりしたのではないだろうか。最初は水が原因だと思っていたが、それは、発芽を左右する、いち要因 にすぎなかったのだと思う。
そして0.5cmという土の量を変える事によって、色々な発芽を阻害する要因に左右されにくくなったのではないのかと

種、そのものの力もあるがこれは今後も観察していきたいとおもう。












現在、京水菜君は、新しい地位を得た。
窓際族でリストラ候補の京水菜君だったが、今の彼はいつでも発芽する。
そんな京水菜君を畑で見ると、その立ち姿に雄々しさを感じる。

発芽率がいいという事は、その後の栽培管理で、ポカしなければ、ある程度の収量を見込めるのだ。
という事は、需要と供給に見合った播種計画をたてられる。


仕事が少ない時は多く、多い時は少なく。値段が安い時期は少なく、高い時期は多くと調整役になるもだ。
そして、確実に注文に答えられるのだから、京水菜の販売担当者として、出せるかな、出せないかと気をモヤモヤさせずにストレスレスになるのも大きなメリットである。


そして、発芽率がいいという事は、本来チャレンジしたかった事にチャレンジできるのだ。

これぞ、一級品と言われるように
黄色い葉や泥を落とす調整作業と袋に詰める作業を短縮するために

品質向上である。



そのためには、観察、観察、もっと京水菜の生育を観察である。
今年いっぱいは観察である。






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プロフィール

Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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