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音楽は国境を越えるのか(ボリビア完結編) - 2014.09.26 Fri

ボリビアの音楽にはまり出してから、僕は村の人とよく遊ぶようになっていた。

長い昼休み時間にはチェス
夕方にはフットサルやバレーボール擬き
子供達と戯れ

一緒にTVをみたり飯もどこか食べに行くと必ず知り合いがいるので、談笑しながら食事を共にした。

気づけは、もうお店の中は知り合いばかり、新しく来た同僚は、タカオお前有名人だなと言われるようになっていた。
まぁ、その理由はボリビアの大統領を蹴ってしまったことも一因なのだが、、、
(以前のエントリー俺はクラワレーニョとクラワラチームVSエボSP軍団を参照くださいhttp://uguisuflyflyfly.blog111.fc2.com/blog-date-201111.html)

食事中の談笑が続いていると、どこからともなく、酒が出てくる。
冷えていない生ビールが。
そして勧められるがままに飲んでいると、タカオ、ギター持ってきて弾いてくれという流れになるのだ。
そこで、僕は歌った。

ギターも歌もしっかり練習して完璧な日本のノリのいい曲
「ヤサ男の夢、リンダリンダ、アレルギーの特効薬メドレーバージョン」

南米の名曲 
「La Bamba」

友人と共同翻訳、ボリビア人が好きな愛を謡った曲
「カブトムシ」

日本の名曲
「ふるさと」

そして、ボリビアの踊りの曲
「idillo」

毎回、お決まりのこの5曲であったが、もうあの、死んだ魚の目をして「bien bien」という者はいなかった。


日本人はお酒を飲んで楽しくなってくると、カラオケに行く人がたくさんいる。
それと同じように、ボリビア人はお酒を飲んで楽しくなると踊りだすのだ。

だからであろう、最後のidilloを歌いだすと、もう大盛り上がり、何度もこの曲をアンコールして歌わせられるのだ。
そしてボリビア人は踊りだす。

そうそう、これこれ、この反応である。
音楽を通してお互いに楽しみあえる、この状況を求めていたのだ。
音楽が国境を越える、これこそ僕の思い描いていた光景だった。

ただ、それはボリビアに来た頃に思っていたものとは少し形を変えて。

僕は、言葉ができない代わりに、音楽でわかりあえる事かができるからこそ、音楽は国境を越えると思っていたのだ。
しかし、それは、ほんのひと時、または一瞬の出会いの場合なら効果があったのかもしれない。
相手の国に対して、何も知らないからこそ、お互いを知ろうとする気持ちがあるから。

だが、あの2年間のボリビア生活ではそれは通用しなかった。もし仮に僕の住んでいた場所が都市部だったらまた話は変わってきたかもしれないが、、、、

僕の能力にもいくぶん問題があった事は否めないが、彼らの好きな音楽に理解が無く、自分の好きな曲ばかり歌う、一人よがりな演奏には、村の人には受け入れられず、飽きられ、興味を持たれないものになってしまったのだろう。
いつしか、僕にギター弾いてよ、と言う人は周りから居なくなってしまった。

それと同じように、僕もボリビアの曲を任期中の長い間、受け入れられなかった。
そして日本の曲にストレス発散という名目の殻の中に閉じこもってしまった。

そんな中、音楽データを無くし、ボリビアの曲以外聞く手段を持たなくなった事で初めて自分からボリビアの曲に触れた。
そこから、今までなかったコミュニケーションの幅が増えた。
それは、今までと違った関わりだった、ああ話さなくてはいけない、コミュニケーションをとらなくてはいけないという、義務的な感じでは無く、自分から進んで取れるコミュニケーション、心から楽しめる。

そんな自分の変化に周りとの関わり合いも変わっていった、冒頭のように。
これもすべて、ボリビアの音楽というものが好きになった事がきっかけであったと思う。
好きな曲を見つけ、それを歌う事で、僕はボリビアの曲を好きになっただけでなく、村人を、村を、ボリビアという一つのちっちゃなコミュニテーであるが、彼らの事も好きになっていたようだ。
だから、僕にとって任地はとても居心地のいい場所だった。住環境は最悪だったが、村に帰れば、みんな僕の事を知っている。ほかの町だと、おいチニート(中国人)と呼び掛けられるが、任地では名前で呼んでくれる。
だから任地に戻ってくる度に、外国にいるはずなのに、ここだけは僕にとっては日本にいる時のように感じるホームであった。

「idillo」この曲にはそんなボリビアにいた頃の、良くも悪くも僕のここでの生活を好転させてくれた、ボリビアでの思い出の詰まった名曲である。

この一連のエントリーの題名「音楽は国境を越えるのか」
今、思い返すと、初めてフィピンで、神父のお兄さん達と歌ったとき、あの時は自分が感動したことしか頭になかった。だから、一方的に音楽は国境を越えるものだと深く信じ込んでしまったのだろう。
しかし、本当に感動したのは、相手の神父さんも楽しんでいたからだろう。その時歌った曲は全然覚えていないが、彼らの教えたくれた曲だ。それは、僕が感じた、言葉ができなくてコミュニケーションが全然取れていなかった状態がギター一本でその場を変えた事に感動したが、その逆に神父さん達は自分の好きな曲を一緒に歌えた事に喜びを感じていたのかもしれない。


だから、始めっからその答えは体験していたのだ、ただ、自分自身の感動が強く思い込みに近い形になって刻まれ、ちょとの成功で調子にのってしまって見失っていた。自分がギターを弾けて演奏できれば体現できると。しかし、あのフィリピンで感じたものを体現するにはそれでは駄目であった。楽しむっていうのは相手ありきなのだから、相手の好きな曲、好きなリズム、好きな歌詞、そんな相手を思えるものではないといけないと。そんな事をあの2年間のボリビア生活で教えてもらったのである。

そこで、今改めて思うことは、「音楽は国境を越えるもの」プラスして

「音楽は国境を越えて一緒に楽しめるもの」であるということである。




音楽は国境を越えるのか 「完」





この一連のエントリー、かなり数が増えてしまったが、、、


まだまだ続くよ~





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ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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