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2017-04

音楽は国境を越えて楽しめるのものなのか?(お祭り準備編) - 2014.10.11 Sat

2013年 秋の話である。

園主からとある提案がなされたのだ。
僕が働いている農園は高屋町という集落にあるのだが、そこでは毎年、秋祭りが行われている。
僕自身、ちょうどその時期は毎回予定が入っていて、一度も参加したことがないのだが、その祭りで来年「農園たや~ず(仮)」で演奏してみないかというものであった。


村の祭りで演奏だなんて面白そうではないか、と思う反面、現実的には無理だろうと思っていた。
なぜなら、やっとバンドとして、体をなしてきたばかりだし、バーベキューでの演奏の度に1曲完成させるために、メンバー全員、体力的にも精神的にも消耗してしまうのだから。
なので2013年9月でのバーベキューでは「農園たやーず(仮)」としては演奏をできなかったのである。
そう、現実は「農園たやーず(仮)」での活動は楽しくというよりも、辛いという気持ちのほうが強かったのである。

それに、来年のお祭り時には、中核メンバーでインドネシア人のボス、ワントは帰国するし、技術的柱のセネガル君も青年海外協力隊で飛び立ってしまうので、残りのメンバーではどうにもならないのだ。

だから心の中で、高屋の村人の前でできるわけないと思っていた。
なので、誰か園主の提案断れよ、おい、インドネシア人、やりたくないって言ってくれ、むしろ俺よりも演奏するの嫌がっていたんだから、やらないって言うよなと思っていたら。無情にもその返答は

「やりましょーう」と調子のいい軽やかな返事であった(笑)

「おい、お前、ちょっと待てよ~」という心の叫びは届かなかい。
ほんとに僕らで演奏できるんだろうかという祭りに向けてのネガティブ発進であった。(もう笑うしかないですね、ははは)




2013年 冬の話である。
さて、祭りへの準備でであったが、問題がいくつかあった。
①祭りの参加時間が1時間というものである、まずもって今の僕たちにできるパフォーマンスはせいぜいもって、15分という所だ。1時間やるという事は、10曲は演奏しなくてはいけないので、それだけの曲を準備できるかという所だ。

②メンバーのやる気だ、正直ここが一番の問題である。「やりましょーう」と言ったはいいが、言った本人が一番練習を嫌がっているのであり、本末転倒である。そんな彼らに無理やり練習せてどちらも面白くない思いをするのは目に見えているのである。そして、困った時にはサトさんが何とかしてくれるという他力本願的な考えも癪に障るというものだ。

以上の大きな2点があるから、僕自身もやる気にはなれずにいた。


さて、ここで、僕らは何のために演奏するのか、という大義名分的な思考に入り、その意義を見つけて、皆で一生懸命練習に取り組んで祭りに挑むというサクセスストーリー的な展開に入っていくのが定番なのだが、現実はそう簡単なものではなかった。

かろうじて、僕自身は新しいギターを買うという目的の元、モチベーションを維持してきたのだが、他のメンバーはどうであっただろうか。

多分辛かったであろう。
まず、一つ、押しつけられた楽曲は面白くないものである。僕自身もそうだが、演奏するならやっぱり自分の好きな曲をやりたいと思う。しかしどうだろう、自分の好きな曲をやれば、自分は楽しいが観客には受けないというものだ。もちろん聴かせるだけのボーカルや演奏技術があれば違ってくるかもしれないが、「農園たやーず(仮)」には人を惹きつけるだけの美声の持ち主がいるわけでもないし、演奏技術も趣味の域を超えない。

そして、好きな曲だけをやって手痛い結果を生んだことは以前のエントリーで書いた通りだ。
それを目の当たりにしたワントであったが、その彼はもう居なく、残りのメンバーにはこちらが用意いする楽曲には不満であった事は彼らの態度からわかるのである。

そんな彼らの気持ちは同じ演奏者として痛いほどわかるのだが、演奏を聴いてくれるのは日本人であり、その日本人の好む曲はインドネシア人の彼らよりも僕がわかるという事で、やはり彼らのやりたくない楽曲を押し付ける形になってしまうのだ。

しかし、そんなモチベーションでは10曲も準備することはできない、どうしたものか、こればかりは言葉で言った所でどうにもなるものではないというものだ。言葉の壁もあるし、、、
そこで、僕自身、ボリビアでの経験を彼らインドネシア人にも味わってもらったら、僕の意図するところをわかってもらえるのではないかと思い至ったのである。自分の好きな曲を歌うことが受けるとは限らないというものを。

2014年3月のバーベキュー
全部で3曲をやったのだが、そのうちの1曲をインドネシア人に決めてもらったのだ。
「高嶺の花子さん」という曲であった。

僕自身も彼らから聞いて始めて知った曲なのだが、確かにかっこよくていい曲ではあったが、これは受けないという確信があった。なぜなら、マイナーすぎるからだ。

本来なら止めようという所であったが、ここでそれは受けないから駄目というと、ふて腐れて練習に身が入らなくなるし、やっぱり自分で選んだ曲は選んだ本人が一番頑張るから、敢て何も言わなかった。
そして、頑張った分だけ、その時に受ける反応を選んだ本人が一番影響をうけるのだから。

選んだ本人をここではクマさんと呼ぼう、いつものそっとしていて体も大きくクマさんみたいだから。

そしてそのクマさんは、その演奏で僕の意図をわかってくれたのだった。
演奏しているとき、僕はピアニカ担当でありクマさんはボーカル、日本語の歌詞をしっかり覚えて頑張っていたのに反応はイマイチ、サブのピアニカを弾いている僕ですら観客の視線が痛く、顔を上げて演奏ができなかったのだからメインのクマさんはもっと居た堪れなかったであろう。

ごめんね、くまさんと思いつつ、自分の意図した通りにクマさんが感じてくれたことにしめしめと思いつつ、祭りの準備は進んでいったのである。

その後、メインのお祭りの楽曲はこのクマさんと僕とで決めたのだ。
「お祭りまんぼ」「YMCA」「ブディドレミ(インドネシアの曲)」母国の曲はお互いに提案したのだが、クマさんはどのインドネシアの曲が日本人に受けるか相談してくれて決められた。

彼がいなければ、同じ楽曲を選んだかもしれないが、その曲に対してのモチベーションは低く僕が日本語の曲は全部歌う事になったかもしれない、クマさんは難しい日本語の歌詞をしっかり覚えてくれてお祭りに挑んでくれる。またそんな彼の姿勢が他のメンバーに浸透していった事は言うまでもない。


さて、クマさんのお蔭で、10曲という大きな問題はクリアーしたのだが、もう一つ根本的なものが残っていた。
練習を嫌がるというものである。

半場、僕は強制的にやらせた部分は否めない、それに対して不満があった事はわかっている。ただ僕としても彼ら以上に不満を持っていたことは確かである。やると言ったのは自分達なのに、あたかもやらされている感を醸し出してくるのだ。

これが日本人だったらお酒を飲みながらお互いの本音というものを話すという事ができただろう、しかし相手はインドネシア人、酒も飲めなければ、腹を割った本音の話もできない。
いや、時間を割いて、一人一人、食事にでも誘って話す事もできたであろうが、僕自身に余裕がなかったのも事実である。
そんな状態であったが、少しでも改善できるように色々試したりはした。

練習の時間を変えたのだ。
今までは、仕事が終わってから、すぐに練習というものであったが、食べ盛りのインドネシア人、お腹を空かしての練習は嫌であったのだろう、それに気づくまでなんて不真面目奴らと思っていたのだが、僕自身もっと相手の事をわかろうとしていなかった所から始まったミスコミュニケーションである。

なので、練習日は日本人が料理を振る舞ってから開始というようにしたら、今までよりも集中して練習に挑んでくれるようになったのだった。ギブ&テイクという事だ、ご飯を作ってあげるからその代り練習頑張ってねという、ただ本来ならそんな事しなくてもいいんだけど、、、

次に練習方法である。
今までは一つの曲を日本人主体で準備するという形であったが、どうにもそれには時間的にロスも大きくやらされている感も半端なかった。
それよりも1曲一人リーダー制的なものに変えたのだ。

発表する曲のリーダーがその曲を完璧に準備してきて、それに他のメンバーが思い思いの楽器で入ってくるというのものである。そして部分的にリーダーはあなたはこうしてと支持を出して曲を完成させていくのだ。

例えば、僕が3曲準備してきて、さあ、ここはこう弾いて、ここはこうと支持するよりも、クマさんはギターで、うさぎさんはカホンで適当に入ってという感じにする。そしてそれを僕自身が一人で全部の曲を指示するのではなく、一人一人が曲のリーダーになってやることで、やらされている感を軽減するというものだ。それによって数段練習時間も短くなり、僕個人としても負担が軽減したのである。

プラス、時間を無駄にしないという事で、朝、直売に野菜を卸に行く時など、車での移動時間が長い時には、一緒に歌の練習をしたりして、時間を有効につかったりもしたのだ。

だけど、でも、それでも、やっぱり10曲は多かった。
僕が主体となる曲も増えるし、練習量が増えていったし、いくら食事付といっても練習の開始時間が遅くなるから終わるのが遅くなり、仕事で疲れた体にメンバー全員に負担になっていたことは確かである。

それでも皆、頑張ってくれていたと思う、よくやってくれたと思う、だけど、些細な事が僕自身へのストレスになっていった。
それは僕が未熟であったゆえでもあるが

「ここの部分は、ギターだけね」と言っても、マラカスジャンジャン鳴らすし、この間奏の部分は適当にと言っても、「間奏」という言葉も「適当に」という言葉もわからない。一言で通じる事が、伝わらないもどかしさである。それは練習だけでなく、普段の仕事でも同じような事はよくあるのだ。

言葉ができないからしょうがないでしょうというと優しい目で見てあげればいいのだが、福井に来てからこの方、ちょっとした事ではあるが、徐々に、そのもどかしさが蓄積されていった。それが、プライベートの時間でもそうなのだから、だんだん我慢が出来なくなっていったのだ。

だから、少しでも練習に不真面目な態度を見せると、怒りは爆発、までとは言わないが、強い口調で注意してしまったり、もう、半場、これでいいやとなげやりになってしまっていた。


2014年 9月のバーベキューの話である。
お祭り前の最後の演奏の機会であった。

最初の出だしで躓いた。
皆、同じ方向から、出てくるという事でスタンバッていたのだが、約2名、その意図をわかっておらず、別の方向から出てきしまったのだ。

傍から見たら大したことでははないかもしれないがそれまで積もり積もっていたものが、噴火した火山のマグマのようにドロドロと溢れ出したのだ。

ああ、もう、どうでもいいや。

そう思ってしまったが最後、自分自身の感情をコントロールできなくなってしまった。

他のみんなはすごく頑張ってくれていたと思う。
ただ、そんな精神状態になってしまった僕は、もうボロボロであった。
弾き間違えは起こすし、周りが見えなくなり演奏自体、走らせてしまったのは僕の責任である。

終始、緊張していたし、人前で演奏していて、初めて早く終わればいいのにと思ってしまったのだから。
そんな僕をメンバーは誰も攻めなかったのは、より申し訳なさを感じた。
聞いてくれた方も、生暖かい目で見守ってくれたものの、その場に居た堪れなかった。

穴があったら入りたい気分である。


その次の日から、何かに取りつかれたように、ギターを弾き続けた。
どんな状況になってもちゃんと弾けるように、あんだけ、練習しなくてはいけないよと、インドネシア人のみんなに言っていた僕自身が皆の足を引っ張らないように。

夕飯を食べてから、寝るまでずっと弾いていた。練習すればしただけ、どうにかなると思って。
しかし、だからと言って、彼らに対する不満は解消されないし、迫りくるお祭りに焦りを感じるのを拭えなかった。
そして、また9月のバーベキューと同じ事が起こってしまうのではないかと。

そんな中、メンバー間の不仲も沸々と沸いてきた。
とあるメンバーがやる気がないのが原因であった。

それに対しては、僕自身も頭を悩ましてきたのだが、他のインドネシア人メンバーも我慢の限界にきたのである。
そして他のメンバーが、僕に対してその不満をぶつけてきたのである。

ちなみに、お祭りに出るといくらか謝礼をもらえるので、その謝礼でみんなで焼き肉を食べにいこうという事になっていた。
しかし、そのやる気のないメンバーに対して、あいつには焼き肉を食べる権利はないと言い始めたのだ。

確かに彼らの気持ちもわかる一生懸命頑張ってくれているのに、やる気のないメンバーが輪を乱している事がどれだけ腹立たしいか、しかし、そこで、それを彼に伝えた所で、状況が好転するとはまず思えず、どうしたらいいかわからなく、皆をなだめる事しかできなかった。


ああ、最悪の状況だ~本番前にメンバーの空中分解か~
しかも本番は雨だという予報ではないか、一生懸命頑張ってきてくれた皆のこの気持ちはどうしたらいいのだろうか。
それでも無情に本番は近づいてくる。


そんなぐつぐつと、煮えくり返った鍋のような心境でいつものように、お昼休みに煙草を吸って休憩していると、クマさんがやってきて、突然僕に、彼の今の気持ちを伝えてきたのだ。

「サトさん今日、私、練習が楽のしみ、練習する日が来るのがいつも楽しみだ」
それはお祭りに参加すると決まった当初から考えたら、考えられない発言であった。
あんなに嫌いだった練習を楽しみと言うようになったのだから。

そんなクマさんの言葉は、今まで、積もり積もったストレスも本番への不安も一気に吹き飛ばしてくれた。

そして、メンバーの足を引っ張っていた子もちょうど同じ日に僕に練習の事について話してくれた。
「残り、2回、私、練習頑張るは、約束する」
短い言葉であったが、それだけで十分であった。
彼の今までの練習姿勢がなぜ良くなかったのか原因は十分承知していたから、何も余計な事は言わず、男の約束をしたのだった。

そして彼は自分の言った通り、約束を果たしてくれたのである。

(ちなみにインドネシア人の子は自分の事を書かれるのが嫌なのでここで書いた事は彼らには内緒でお願いします。)

僕の中で、この日の練習は、今までの集大成であったと思う。
皆の意識が変わり、やっと一つに纏まったメンバー、そこまでに至る数々のストーリー、そして、僕自身一つの事を見落としていたこともわかった。

頼りないメンバーだからこそ、僕がどうにかしなきゃと思い、一人空回りしていたのだと。
このお祭りに向けて、頑張ってきたのは自分だけではない、みんな同じであった。僕が思い悩みどうしたらいいのかと試行錯誤してきたように、メンバー一人一人もこのお祭りに向けて成長していたんだなと。
今じゃ、一人一人のメンバーが頼れるメンバーである。
それに気づけただけでも、僕は農園たやーず(仮)に参加できてよかったと思う。

そんな事を思いつつ、練習中に涙がちょちょぎれそうになったのは秘密である(笑)



さて、気持ち的にはもう高揚しきってしまって感情的に終了ムードになりかけてしまったが、本番は明日である、そして予報も変わって晴れである。



さぁ、明日は祭りだ、、、いや今夜は祭りだ(笑)




















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Author:ゴンベイ
ド~レ~ミ~ってちゃんと歌っているつもりなのに、人からは音外れてるよって言われるんだよね。トントントンってちゃんとリズムを刻んでるって思うだけど、人からは段々早くなっているよって言われるんだよね。でもメロディーもリズムも人それぞれ違うもんだと思うから、人と合わせて調和をとることが大切。そんな私のハーモニー、このブログで奏でていきたいと思う。

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